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【奥多摩】七ツ石神社のお犬様:狼信仰を辿る山旅(その1)

はじめに–––狼信仰について

かつて,日本の森には狼が住んでいました。狼は人を襲う恐ろしい獣であると同時に,畑を荒らすシカやイノシシを追い払う,益獣でもあったようです。

現在,ニホンオオカミは絶滅してしまいましたが,かつての狼への畏怖は,狼信仰として残っています。その神の名は大口真神とも。そして狼信仰はヤマトタケル信仰と結びつき,様々な地方に息づいています。

(東征の途中で多摩・秩父を通り)ヤマトタケルは道に迷ったが、どこからか白い犬がやってきて道案内をしてくれたおかげで美濃にでることができた。この話から秩父、武蔵にはヤマトタケルに因んだ神社が多く、大神はオオカミとなった。

この話からも分かる通り,狼信仰は秩父および多摩地方にも伝わっており,東京からほど近い奥多摩の山々に,その痕跡を辿ることができます。

秩父・多摩地方の狼信仰を訪ねて

奥多摩山塊の最奥部にある雲取山 (標高2017 m) は東京都奥多摩町,山梨県丹波山村,埼玉県秩父市にまたがる山です(東京都最高峰でもあります)。この山から秩父側へ伸びる尾根の末端に、三峯神社があります。その御眷属は狼。神社が建っているこの尾根を,かつては狼が駆けていたのでしょうか。

また雲取山の前衛峰的な位置にある七ツ石山 (標高1757 m) の頂上近くには,七ツ石神社が建てられています。この神社の狛犬は素朴な狼像であり,「お犬様」として祀られてきました。

七ツ石神社は長い間風雨に晒されて,朽ちかけていましたが,昨年丹波山村によって再建されました。この事業に伴って,傷んでいたお犬様の像も一度里に降り,修復されて山の上に帰って来られました。

僕は,お犬様が下山されて旧七ツ石神社が解体される前の昨年3月と,神社が再建されてお犬様も戻って来た11月,七ツ石山〜雲取山を歩いてきました。この山域にはこれまでも何度か登っているのですが,この2回の山行では,七ツ石神社にお参りして、狼信仰の痕跡を辿ることが一番の目当てとなりました。

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七ツ石山頂上から見た雲取山。登山道のついた尾根は「石尾根」と呼ばれます

ここではこの山旅の記録を書いてみたいと思います。長くなりそうなので,2回に分けて書きます。

2018年3月,雲取山へ

昨年の3月,都心では桜の蕾がほころび始めた頃,雲取山の登山口となる鴨沢のバス停に降り立ちました。ここから雲取山に向かうのは何度目でしょうか。

はじめは杉が植林された林の中の道を登っていきます。登山道はよく整備されているし,傾斜もそれほどきつくないので歩きやすいのですが,ところどころ「ここは右側に転けたら谷底まで一直線だな」というところもあるので注意が必要です。

それに加えて…。この時期は花粉が辛く,マスクをつけての杉林歩きとなりました。

約2時間登って「堂所」へ到着,一休みします。ここで,うちで握ってきたお握りを一つ食べました。ドライフルーツもモグモグ。

堂所を過ぎるとやや急な登りになりますが,30分ほど頑張れば七ツ石小屋に到着します。ご挨拶をしてコーヒー休憩としましょう。

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七ツ石小屋からは,富士山を美しく望むことができます(2016年12月の写真)

小屋には,七ツ石神社の狼像が里に下りている間,留守番をしているはずの狛犬代行君(狼のぬいぐるみ)がいました。「寒いから,春が来るまで小屋にいる」んだそうです(^ ^)

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狛犬代行君。七ツ石神社のお犬様が里に下りている間,留守番してます (^ ^)

さて,コーヒー休憩でリフレッシュできました。ここから上は広葉樹林帯となるので,マスクを外しても大丈夫です。七ツ石山頂と七ツ石神社に行くのは翌日にして,ショートカットするルートを通って奥多摩小屋のテントサイトに向かいます。テント場は霜柱が溶けてぬかるんでいましたが,できるだけ水はけの良さそうなところを選んでテントを設営しました。

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黄色いのが私のお家。モンベルのステラリッジドームはなかなか良いです。使ってる人が多いので,大きなテント場だと迷子になるのが問題ですが

雲取山の上の北斗七星

テント場にかかっていたガスも,夜が更けると晴れました。テントから出て三脚に赤道儀をセットし,カメラを雲取山の方向に向けます。七ツ石山と雲取山とを結ぶ尾根上にあるこのテント場からは,雲取山の上に北斗七星が輝くのです。

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奥多摩小屋のテント場から,雲取山の上の北斗七星と北極星

七ツ石神社

七つの大岩を祀ることから,大岩を北斗七星になぞらえ古くは北極星の神格化である妙見菩薩を祀っていたと考察されている。(中略)妙見菩薩の使いを狼とするところもあることから,七ツ石神社は雲取山の上に輝く北斗七星を,この山域の神として狼に守らせているのではないだろうか。

(丹波山村郷土民俗資料館の説明から)

妙見信仰の地であるこの場所で,北斗七星と北極星を眺めていると,厳粛な気分になり,居住まいを正したくなります。

雲取山を往復

夜明けが近くなってきました。今日の最初のミッションは,雲取山の往復。東京都の最高峰には,やっぱり挨拶しておかなければなりますまい。ヘッドランプを装着し,暗い中テントを出て歩き始めました。途中,カラマツ林の向こうから朝日が昇ってきます。

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カラマツ林の向こうから,朝日が昇ってきます

ところで毎回奥多摩小屋まで来ると,雲取山頂はすぐそこだという気になってしまうのですが,その先を歩くたびに「あれ?まだこんなにあったっけ?」と思ってしまうのはなぜでしょう (^.^;)。途中,急登に喘ぐ箇所もあって,いつも「こんなはずでは…」と思ってしまいます。それでも1時間弱で雲取山頂に到着。山頂からは西へと伸びる奥秩父主脈に落ちる雲取山の影と,飛龍山がきれいでした。富士山も大きく望むことができます。

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雲取山頂にて。朝日を浴びて,雲取山の影が奥秩父主脈に落ちています

展望を心ゆくまで味わったら,テント場に下ります。登山道がつけられている尾根は「石尾根」と呼ばれ,常に富士山と南アルプスを望むことができるプロムナードです。雲取山の魅力は,この石尾根の明るい雰囲気にあると思っています(なお石尾根縦走路は雲取山から七ツ石山,鷹ノ巣山,六ツ石山を経て,奥多摩駅まで続いています)。

七ツ石神社へ

さてテントで簡単な朝食を済ませてテントを撤収したら,いよいよこの山行の一番の目当て,七ツ石神社へと向かいます。石尾根縦走路をテント場から40分ほど戻ると,七ツ石山との鞍部であり,鴨沢コースの登山道と石尾根縦走路とが交差するポイントである「ブナ坂」に着きます。ここにザックをデポして,軽装で七ツ石山に登りました。七ツ石山の斜面を登っていくと,朝のキリッとした空気の中に,南アルプスがくっきりと見えてきます。

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七ツ石山から南アルプス。いい眺めです

そして頂上からさらに5分。縦走路を東に辿ると,森の中に七ツ石神社が現れます。長い年月を耐えてきた拝殿は痛みが進んでいますが,何本かの丸太で支えられながら,ぎりぎり持ちこたえているという凄まじい状態。そして神社を守ってきたお犬様は,現在は修復のために下山中です。

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朽ちかけた七ツ石神社。お犬様は修復のために里に降りていらっしゃいます

僕は,奥多摩山中でもひときわ静謐な空気を感じながら,一人静かにお参りしました。

下山します

七ツ石神社にお参りを済ませたので,下山します。まずブナ坂まで下ってザックを回収し,再び重荷に喘ぎながら鴨沢の登山口まで。登山道がよく整備されているので歩きやすいのですが,雲取山-鴨沢の標高差は 1400 m くらいあるんですよね。けっこう歩きます。ひたすら下って,13時ころ鴨沢に到着しました。

さて,いつもならここで奥多摩駅へ向かうのですが,今回はこのあと行くところがあるのです。

丹波山村郷土民俗資料館「七ツ石展」にて

雲取山から下山した僕は,その足で丹波山村役場の近くにある丹波山村郷土民俗資料館に向かいました。この日から修復途中のお犬様の姿が展示されるので,会いに行きたいのです。

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到着しました!

資料館に入ると,修復のために包帯を巻いた姿のお犬様が。「阿形」の方は損傷が激しく原型をとどめていませんが,これも修復されるようで,その後にお会いする時が楽しみです。「吽形」は微笑んでいるようにも見えます。その姿は痛々しくもあり,またどこかユーモラスでもあります。

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修復途中のお犬様。痛々しくも,どこかユーモラスです

展示会では,村役場のTさんが解説してくださいました。そのお話はとても興味深く,丹波山の人たちと七ツ石の狛犬様との深いつながりを感じさせてくれるものでした。

かつて七ツ石神社には神籤が置いてあり,鷹ノ巣山方面から来た猟師さんが籤を引いて,さらに雲取山方面へ足を延ばすか,下山するかを決めていたという話(この神籤は,現在七ツ石小屋に保存されています)。お犬様が下山されて,山に登って参拝できなくなった小袖地区(七ツ石山麓)のご高齢の方々がとても喜んでいるという話。「七ツ石はアットホーム」という言葉が強く印象に残っています。

またTさんによると,七ツ石のお犬様をはじめとして,奥多摩や檜原には素朴で可愛らしい感じの狼像が多いのですが,これは古い時代のデザインで,時代を下るとリアルな感じの狼像になって行くんだそうです。

会場には,三峯神社〜七ツ石山の狼信仰をテーマに創作を続けられている画家,玉川麻衣さんの「Home」という作品も展示されていました。冴え冴えと輝く星空の下,七ツ石山に帰って来た狼達の絵。恥ずかしながらこの絵を前にして,涙が出そうになりました。

僕はお犬様を触れ合うような近さで(もちろん触れませんでしたが)見ることができて,とてもうれしい気持ちで資料館を後にしました。

お犬様たちが丹波山に下山してきたこと,その後11月に七ツ石に戻ったこと,その間可愛らしい狛犬代行さんが七ツ石にいたこと,そしてそれを見守っている人たちがいること,みんな素敵です。

山から降りたら,都内には桜が咲いていました。この次にお犬様に会ったのは,狼像の修復と神社の再建が終わった11月,七ツ石山頂でのことになりました。(後編に続きます)

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