かつて日本の野山を駆けていた狼たち。森の奥深くに棲む,私たちを超越した大いなる生命。
そんな存在を繊細なペン画で描く,玉川麻衣さん。
今年も玉川さんの個展が開催されました。タイトルは「神遊ぶ処」。
玉川さんの個展にお邪魔するのは何度目かになります。今回もとても素敵な空間・時間を過ごすことができました。
ギャラリーは六本木「ストライプハウス」
今回の個展が行われたのは,六本木の「ストライプハウス」です。
ここを訪ねるのは3度目になりますか。週末で賑わう街を抜けて,通りを奥に入った静かな一角に向かいます。
ギャラリーは六本木の喧騒が嘘のような静かな空間。入ると,さっそく玉川さんにお会いできてうれしく思いました。
個展では数多くの絵が展示されていましたが,そのうちの何枚かを紹介します(絵の写真を撮ることは,玉川さんご本人に許可をいただいています)。
星が降る6
七ツ石神社の前で夜空に吠える御眷属の狼二頭。その遠吠えに呼応するように,星が流れます。
七ツ石山は東京都とはいえ(東京と山梨の県境になりますか)空は暗く,天頂部にはまさに降るような星空が広がっています。
もし流星雨の夜をここで迎えたら…。降り注ぐような流れ星は,まさに狼たちの声に応えるもののように感じられることでしょう。
いいえそれとも,心の中に狼の声が響くたびに,頭上の星が降り注いでくるように思えるでしょうか。
降り注ぐ星は,この地で長く温められてきた信仰を,また新たなものにすることでしょう。
この場面が再建された七ツ石神社であることは,深遠な宇宙と温かな土地の信仰を象徴しているように感じられます。
静寂
狼たちが獲物を見つけたのでしょうか。群がり,何かの肉を食んでいます。
彼らの激しい息遣いと血肉の匂いがこちらまで届くようです。しかし…。
この絵を見ていて視線が惹きつけられるのは,狼たちの向こう側,奥の森です。
この森は深く,夜の闇の中にどこまでも続いているように見えてきます。そこはもう,人の立ち入ることのできない世界です。そしてその中を支配するものは,静寂。
狼たちの息遣いが,深い森の静寂を一層際立たせているように感じられます。
「狼色」ともされる青で夜の底を描き続けてきた玉川さん。その夜の色がいっそう深くなったように感じられます。
狐火2
狼絵をずっと描いてきた玉川さん,狐も描きたいとずっと思っていたそうです。
美しく愛らしく,そしてちょっと胡散臭い。キツネって心惹かれる生き物ですよね。
この「狐火2」,チョーかわいい!二匹の狐の躍動感。月の光の元で,揺れるススキとともに踊っているようです。
狐の生命が炎となって揺れています。いっしょに踊っているカエルの命も小さな湯気のように立ち上っているのがまたおかしくもあり,愛らしいですね。…小さきものにも命が踊る。
雨降り山
今回とても心を打たれた絵の一つです。僕の写真では,絵の雰囲気を十分に伝えられていないような気がするのでちょっと残念なんですが。
山を歩いていると濃いガスに包まれることがあります。そのガスはうねうねと流れ,遠くに山の稜線を見え隠れさせます。
そんな時,山の稜線が,確かに龍の背のように見えることがあるんです。時にはガスの流れによって,稜線がうねるように動いているような感覚に包まれます。
玉川さんの「雨降り山」を見ているとそんな光景が目の前によみがえり,自分が途方もない山の中に立っているように感じられます。
流れるガスは,やがて雨を連れてきます。それは遠くの稜線からやってくる龍なのか。大いなる生命なのか。
この絵は丹沢の山で見た光景を元に着想されたそうです。丹沢・大山にある阿夫利神社。ここは雨の多いところです。「雨降り」が転じて「阿夫利」になったとも。
山への信仰は,里に実りをもたらし時には荒ぶって災害をもたらす,豊かな水への信仰でもあります。そこに潜む人を超越した存在。たしかにそれは龍ですね。
薮聖
いやあああ!怖いじゃないですか。
でも怖いけど不思議な安らぎも感じるんですよね。
自分が森と一体化していくことへの安らぎでしょうか。静寂の世界へ還ってゆくことへの安堵なのでしょうか。薮聖の表情は穏やかです。
ホントに不思議なんだけど,目が離せなくなる美しさがあるんです。
そんな絵,毎回玉川さん一枚は描いてらっしゃいますよね。今までも「人喰い観音」とか「骨女」とか,好きでした。
濡れ女11
春の終わりに美しい花房をつける藤。大河ドラマ「光る君へ」でも,中宮彰子のおわす藤壺は可憐な藤の花で彩られていましたね。
けれども,山に自生する藤(山藤)は,極めて旺盛な生命力で,木々に絡みついて茂ります*1。
各地に藤の銘木・大木があるのも,藤の生命力が旺盛で,成長が早いゆえのことでしょうか。
森の奥深く,山藤が茂るところに姿を現した濡れ女。取材場所は鳩の巣渓谷だそうです。
藤の生命力と濡れ女の濃密な存在感。それは森を満たすエネルギーそのものでもあります。
濡れ女は人が通りかかると食べてしまうけど,カエルには優しい。カエル好きの玉川さんなのでありました (^◡^)。
*1 山藤が茂った山=手入れが行き届いていない(人の手が入っていない)山とみなすこともあるんだとか。
おわりに
玉川さんの描く,美しくも神秘的な世界に惹かれて,これまで個展が開かれるたびに足を運んできました。
その度に魅惑の世界に引き込まれています。
今回もまた,小さなギャラリーの中で自分の魂が夜の底やガスの流れる山の上,はたまた山藤の咲き乱れる森の中など,いろんなところへ連れて行かれるのを感じました。
いろんな本の装丁や挿絵など,玉川さんの活躍の場は広がっているようです。
あと何年かしたら玉川さんは有名になってるだろうから,今のうちにいっぱいお話をしておこう,なんて下心が働いたのは内緒です。
今回もありがとうございました。
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