sunsun fineな日々

子育てしながら,山を歩いたり星を見たり料理したり写真を撮ったり

宮城県名取市,岩沼市の被災地のいま

GW連休の前半,法事で仙台に行った際に,名取市,岩沼市の被災地を訪ねてきました。名取市の北釜地区,閖上地区,そして岩沼市の相野釜地区。海に面したこの地域は,東日本大震災の津波で甚大な被害を受けました。

僕は3年半前にもここを訪れていますが,その時から変わったことはあるでしょうか。

仙台に到着

連休初日,仙台に到着。お昼時だったので,さっそく宮城の美味いものを食べます。南三陸町志津川のタコを使ったタコ飯。タコが柔らかくて,その味がご飯にしみて,絶品でした。

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志津川のタコを使ったタコ飯。柔らかいタコがうまい!

名取市・北釜地区へ

ご法事が済んだ次の日。朝早く名取市の北釜地区に向かいます。

北釜地区は名取市の沿岸部,貞山運河を挟んで仙台空港の向かい側(海側)です。

ここは海岸からほど近い場所ですが,かつては農家が点在し,防砂林の間に畑が広がっていました。しかし2011年3月11日の津波はこの集落を押し流し,ここを「何もない場所」に変えてしまいました。

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三年前の写真です。震災前は多くの家と畑があり,それらを仕切るように防風林があったのですが…

東北地方の復興は徐々に進んでいますが,ここ北釜地区は地盤沈下が起こって災害危険地域に指定されました。このため無事だった方々も集団移転となり,いま民家はありません。「何もない風景」が今でも広がっているのです。

この地は,僕が宮城県民だった頃,多くの時を過ごした場所でもあります。当時,海は防砂林と農家の向こう側にあり,海岸までそれなりの距離を感じたものです。けれども何もなくなった今は(防砂林もその多くは波をかぶってなくなってしまいました),海がすぐそこにあるのがはっきりと感じられます。

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名取市・下増田神社。かつては周りに民家があったのですが,今は海からの風が吹くのみです

まず,この地域を見守ってきた小さな神社,下増田神社を訪れてみました。3年前に来た時は,津波で流された社殿に代わって,仮の社殿が祀られていましたが,これは新しいものに変わっていました。でも神社の周りに何もない風景は3年前そのままです。ただ当時の荒涼とした印象は減り,手入れがされているなという印象を受けました。また仙台空港を利用する人のための駐車場が,近くに少し増えたでしょうか。

神社は,町が町であるために

この集落が流された後,集団移転で地区の復興が見通せない中で,真っ先に神社が(仮の社殿とはいえ)再建されたのはなぜでしょう。普段意識していなくても,神社は地域の気持ちの拠り所としてのシンボルであり続けた。だから町が町であるために,(たとえ移転でそこに町がなくなるとしても)真っ先に神社を再建したのではないでしょうか。海から吹いてくる風の中に,ぽつんとたたずむこの神社に立つと,そんなことを考えてしまいます。

この神社が地域を見守ってきたことを示すものが一つあります。あまり語られていないのですが,津波の時,北釜地区の消防団員の方が何人か殉職されました。そのことが記録された「消防団員の碑」が社殿の横に立っています。

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ここ北釜地区でも,殉職された消防団員の方々がいました

下増田神社の隣には,以前はなかった観音寺という小さなお寺ができていました。ここには震災・津波で亡くなられた方々と同じ,約二万体のお地蔵様を祀る計画が進んでいるそうです。現在約七千体とのこと。犠牲になられた方々が,安らかに眠ることができるようにと,祈らずにはいられません。

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観音寺のお地蔵様。震災・津波で亡くなられた方と同じ,約二万体のお地蔵様を祀る計画だそうです

また神社の後ろ側には,避難丘を備えた公園が作られていました。

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下増田神社裏の公園と避難丘

下増田神社からほど近いところには,伊達政宗公が作った貞山運河が流れています。運河の堤防も以前より高いものに作りかえられていました。海岸の防潮堤に加えて,非常時にはこの堤防が第二の防潮堤の役割を果たすのでしょうか。またかつては堤防の上をサイクリングロードが走っていたのですが,今はなくなりました。

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貞山運河の堤防は,高いものに作り変えられていました

岩沼市・相野釜地区へ

次に向かったのは岩沼市・相野釜地区,北釜から南へ2 kmくらいのところです。名取市と岩沼市で自治体をまたいではいますが,感覚的には北釜の続き,お隣の地区です。

この場所も,やはり津波で大きな被害を受けました。北釜地区と同様に集団移転によって集落がなくなった跡地には,「千年希望の丘」と名付けられた避難丘と慰霊碑が設けられています。以前訪れた時は,津波で被害を受けた防砂林に変わって,まだ小さな松の木が植樹されていましたが,その時から3年,木々は少しだけ大きく育っていました。

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岩沼市相野釜地区,千年希望の丘

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千年希望の丘慰霊碑

sennen-kibouno-oka.com

「希望の丘」は3つあります。そのうちの一つ,3号丘に登ってみました。途中に,この地における津波到達高8 mのサインがあります。避難丘の高さは11 m。

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「希望の丘」の一つに登ってみます

丘の上に登って西側を見ると,蔵王連峰をくっきりと見渡すことができます。そして振り返ると,すぐ近くに海があります。

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千年希望の丘に登ると,蔵王連峰が見渡せます

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そして振り返ると海が

今後,「千年希望の丘」は市民の憩いの場所として整備されていくのでしょうか。ただ,今のところは訪れる人も少ないようで,丘の上にはスズメがのんびりと巣を作っていました。

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千年希望の丘の上には,スズメが巣を作っていました

そんな状況でも,この丘が津波の際の避難丘としての役割を持っている以上,常に整備は欠かせないでしょう。岩沼市にとって,ここはとても大切な場所だと思いますが,自治体としてのご苦労もあるだろうなといろいろ考えさせられます。

あの津波からもう8年が経ちましたが,千年希望の丘のすぐ近くには,流された家の土台部分が残っていました。

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被災した家の土台が,まだ残っているところもあります

閖上朝市へ

朝早くから北釜,相野釜を歩いてきてお腹が空きました。もう一度北上して,名取市の閖上地区に移動します。ここには,美味しいものが食べられる朝市があるのです。ここも津波の被害を強く受けたところですが,それでも「閖上朝市」はいち早く再開し,毎週末,新鮮な海産物や野菜を求める人で賑わっています。

yuriageasaichi.com

3年前に訪ねた時は,朝市は賑わっていたものの,外へ一歩出ると津波に襲われた建物の骨組みが残っていたりして痛ましい光景が広がっていました。しかし今は水産加工場が何件か建っていて,復興が少しずつ進んでいることを実感しました。

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三年前は,朝市を一歩出るとこんな風景だったのです。復興はゆっくりとですが,進んでいます

さて。この朝市が素晴らしいのは,何と言っても買い求めた新鮮な海産物や野菜をその場で焼いて食べられること。潮風を浴びながらの海鮮バーベキューです。

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特大ホヤ2個50円

さっそく市場の中を一回りして,美味しそうなものを買い揃えてきました。牡蠣,ホタテ,エビ,ホッキ貝,鮎,しいたけ,そしてホヤ!ホヤは特大のものが2個で500円。1個は捌いてもらって刺身でいただき,もう1個は半分に割ってもらって他の食材とともに焼いて食べました。

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牡蠣,ホタテ,エビ,ホッキ貝,鮎,ホヤ,しいたけ!

もう,最高としか言いようがありません。

お腹がふくらんだところで朝市を出て,震災慰霊碑で手を合わせました。慰霊碑のモニュメントの高さは8 m,見上げるように高いのですが,これは,あの日ここを襲った津波の高さと同じなんだそうです。あらためて被災した方々の恐怖はどれほどのものであったかと思いを馳せずにはいられません。そんな思いとともに,慰霊碑の隣にある日和山神社にも登って手を合わせます。

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閖上の震災慰霊碑と日和山神社

閖上のシンボルの一つでもあった,貞山運河にかかる「閖上水門」も新しく作り変えられていました。

塩竈神社にも行きました

閖上を後にして,仙台の義理の叔父の誘いで塩釜に行きました。「旨いラーメンを食べさせたい」とのことです。到着したのは「来々軒」。飾り気のない,シンプルな中華そばで確かに美味しかった!

ramendb.supleks.jp

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塩釜,来々軒の中華そば。シンプルで美味しい

そして塩竈神社にお参りしてから仙台に戻りました。塩竈神社ではちょうど八重桜が見頃で,とてもいい雰囲気でした。

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塩釜神社にて 八重桜が見頃でした

おわりに

仙台空港に降り立つと,多くの人はまっすぐに仙台市内へ向かうでしょう。けれども空港のすぐとなり,海側には貞山運河が流れ,それを渡ると北釜地区です。時間にゆとりがあったら,ぜひここを訪ねてみてください。様々な思いが胸に去来すると思います。

休日の朝なら閖上朝市で美味しいものを食べてくるのもオススメです。

閖上,北釜,相野釜。隣接したこれらの地域は,それぞれの道を歩みながら復興へと向かっています。今回の訪問で,鎮魂の思いと復興を応援する気持ちがいっそう強くなりました。ここは個人的に思い出深い場所でもあるので,これからも機を見て訪れようと思います。

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宮城のお土産はずんだ餅。こどもの日のおやつは柏餅ではなくずんだ餅でした