sunsun fineな日々

子育てしながら,山を歩いたり星を見たり料理したり写真を撮ったり

盛岡市材木町「光原社」を訪ねました––「注文の多い料理店」が出版された,宮沢賢治ゆかりの地

紫波町野菊


盛岡市の中心街にほど近い材木町に,「光原社」というお店があります。このお店が建っているのは,宮沢賢治が生前に唯一出した童話集「注文の多い料理店」が出版された場所です。

その後,ここは民芸品のブティックとして生まれ変わり,歴史を重ねてきました。今も敷地内には賢治ゆかりの展示とともに,岩手の民芸品が販売されています。

お店の裏は北上川の河畔で,とても雰囲気のあるところ。盛岡に行くことがあったら,ぜひここも訪れることをお勧めします。

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前記事 ↑「「星めぐりの歌」の直筆原稿が見たくて,宮沢賢治記念館に行ってきました」と合わせてお読みください。

 

「注文の多い料理店」が出版された場所

大正13年(1924年),宮沢賢治生前の唯一の童話集「注文の多い料理店」が出版されました。このとき,出版社の名前も賢治自身によって「光原社」と名付けられました。

注文の多い料理店挿絵(宮沢賢治記念館にて)

注文の多い料理店挿絵(宮沢賢治記念館にて)

賢治の農学校の後輩であった創業者さんは,賢治から膨大な量の原稿を預かり,出版にこぎつけたようです。よく知られているように,賢治の童話は,生前にはあまり評価されませんでしたが。

(賢治と創業者)二人の夢を乗せたこの童話集は残念ながらほとんど売れず,注文の少ない童話集となりました。創業者は生涯を閉じるまで,この「注文の多い料理店」と宮沢賢治を語るとき充分な満足感に浸っておりました。いうまでもなく賢治という天才と接し得たこと,特に一冊の本を通じて(いーはとーぶ)の夢を見たことによるものと思います。

(光原社webサイトから)

その後,出版社の場所は民芸品・工芸品のブティックとなり,今もイーハトーブの風が感じられる場所になっています。派手さはありませんが,知る人ぞ知る観光名所ですよ。


光原社があるのは「材木町」。盛岡市の中心部にほど近いんですが,この一角には不思議な静かさがあって,心静かに散策することができます。

光原社ホームページ

ここが本店の入り口です。「光原社」のロゴが入った看板,味があるでしょ?南部鉄器の雰囲気を感じますよね。

光原社本店入り口

光原社本店入り口

南部鉄器は最近静かに人気が高まっているようです。若い職人さんも増えているんだとか。

南部鉄器はカッコいい

南部鉄器はカッコいい

中庭を散策します

光原社にはちょっとした中庭があります。そんなに広くはないんだけど,とても見応えがあるんです。

お出迎えしてくれるのは,賢治のレリーフ。

賢治のレリーフ

中庭には賢治のレリーフがあります

こんなランプが,童話の一場面のような雰囲気を醸し出しています。そしてここにも南部鉄器の意匠が見てとれますね。

ランプもいい感じ

ランプもいい感じ

大きな壺と二羽の鳥のオブジェ。

この鳥はなんだっけ。賢治の童話がモチーフなんだろうけど,ちょっと思い出せませんでした。

大きな壺と鳥のオブジェ

大きな壺と鳥のオブジェ

中庭をもう少し奥に進みます。すると,目を奪われる場所があらわれます。

 

中庭の壁に,賢治の詩が書かれています

中庭の奥の壁には,一面に賢治の詩が書かれています。岩手の風に吹かれながら,それらを読むことができるのです。

ちゃがちゃがうまこ

ちゃがちゃがうまこ はせでげば…

ちゃがちゃがうまこ はせでげば…

いしょけめに
ちゃがちゃがうまこ はせでげば
夜明げの為が
泣ぐだぁぃよな氣もす

チャグチャグ馬こは旧暦五月の田植え・代掻きが終わった頃に,馬たちを着飾らせて行われるパレード。馬たちへの感謝と,無病息災を祈るための行事です。

チャグチャグ馬こ

チャグチャグ馬こ(出典 Wikipedia)

チャグチャグ馬コ保存会公式ホームページ

現在は,滝沢市から盛岡八幡宮までの約14 kmが行路となっています。馬たちは岩手山を背景に,鈴の音を「チャグチャグ」と響かせながら行進します。

おめかしした馬こには地元の子どもが乗るんですが,これがね,めっちゃ可愛いんですよ (^◡^)。

冬の岩手山––盛岡マリオスから

冬の岩手山––盛岡マリオスから

賢治の詩は岩手弁で書かれており,古い時代のチャグチャグ馬この光景が目に浮かぶようです*1

- - - -

*1 賢治の時代には,各農家ごとにまちまちなルートで,馬こを神社に連れて行っていたようです。

この雪はどこをえらぼうにも…

この雪はどこを選ぼうにも…

この雪はどこを選ぼうにも…

この雪は どこをえらぼうにも
あんまりどこも まっしろなのだ

「永訣の朝」の一節です。(あめゆじゅとてちてけんじゃ)と言う妹トシに,雪を椀に掬って渡そうとするも,どこから掬っていいのかわからない一面の白い雪。

こんなに悲しい表現があるでしょうか。

トシは高熱に火照る体を,雪を口にして冷やそうとしたのでしょうか。

 

修羅の涙はつちにふる/あたらしい星雲を燃やせ

 まことのことばはここになく

修羅の涙はつちにふる/まるめろの匂いの空に あたらしい星雲を燃やせ

修羅の涙はつちにふる/まるめろの匂いの空に あたらしい星雲を燃やせ

まことのことばは ここになく
修羅のなみだは つちにふる

賢治の詩集「春と修羅」の一節です。熱心な仏教徒であった賢治。彼はその禁欲的な思想に基づいて,最終的にこう言います(「春と修羅」の締めくくりの部分)。

このからだそらのみぢんにちらばれ

「まことのことば」を持てない自分は微塵となって宇宙に散らばりたい…それは賢治自身の絶望であり,また同時に希望だったのかもしれません。

––なお「微塵」とは,もともと仏教用語のようです。物事を極限まで分割したもの…化学でいえば「分子」ということになるのでしょうか。

 

 まるめろの匂のそらに

そしてその右側,「まるめろの匂のそらに〜」は「原体剣舞連」の一節ですね。

dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah!

蛇紋山地に篝をかかげ
ひのきの髪をうちゆすり
まるめろの匂のそらに
あたらしい星雲を燃やせ
   dah-dah-sko-dah-dah
(「原体剣舞連」)

これ,すごいですね!魂が揺さぶられる!

賢治の詩は寓意に満ちたものや,深い悲しみに沈んだものが多いかと思えば,こんなにリズミックで生命を燃やすような詩もあるんですね。


ちなみに,鬼剣舞は岩手県北上〜奥州市にかけて伝わる伝統芸能。鬼のお面をつけた仏の化身が,祖霊を慰め大地を清めるために舞います。

カッコ良すぎて痺れます。

賢治が歌ったのは,現奥州市原体地区の剣舞のようですね。

早池峰山

早池峰山(真ん中に僕が写ってたけどPhotoshopで消した)

詩の中で歌われている「蛇紋山地」というのは早池峰山でしょうか(早池峰は蛇紋岩でできた山です)*2。早池峰に向かって篝をかかげるんですか!雰囲気ありすぎです。

北上といえば,鹿踊りもカッコいいですよね。こちらのリズムも dah-dah-sko-dah!


賢治の作品には,「鹿踊りのはじまり」という童話もありますね(「注文の多い料理店」に収録)。ススキ野原で鹿たちが踊り始める場面は楽しく,また懐かしいです。

- - - - 

*2 早池峰山を含む北上山地では,古い時代に鉄鉱石が見出され,これが南部鉄器の発祥につながったという話もあるようですね。

 

素朴なむかしの神々のように

素朴な昔の神々のように…

素朴な昔の神々のように…

素朴なむかしの神々のように
べんぶしても
べんぶしても
足りない

「和風は河谷いっぱいに吹く」の中の一節です。

「べんぶ(抃舞)」とは手を打って踊ること。この詩は天候不順の中,倒伏していた稲が起き上がってきたことを寿いでいるものです。岩手山を背景に,田んぼの稲が青々と実っているのが目に見えるようですね。

素朴な丸木舟を操り,米籾を握りしめて日本列島にやってきた我々の祖先。その時代から稲が実ることは,大きな喜びであり続けたことでしょう。

賢治の目には,そんな大きな歴史の流れさえも映っているように思えます。

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賢治の詩はいつどこで読んでも素晴らしいんですけどね。ゆかりの深いこの地で,岩手の風に吹かれながら読むと,感激もひとしおです。

雨ニモ負ケズ…

そして賢治といえば,やっぱりこの詩「雨ニモ負ケズ」。ここ光原社の壁に書かれた詩を読むと,打たれたような気持ちになって,足が止まってしまいます。

雨ニモ負ケズ…

雨ニモ負ケズ…

雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ…

もうずっと前だけど,NHKで「雨ニモ負ケズ」を岩手弁のアクセントで読むというのをやってたんですよね。それを聞いたとき,号泣しました。

そういえば,今年はとても暑い夏でした。統計を取り始めてから,最も暑い夏だったと,昨日のニュースでやってたっけ。

今年の盛岡の最高気温は,37.2 °C。確かに東北北部としては異常な暑さです。

ところがですね,この記録は盛岡の気温の「最高タイ記録」なんです。

じゃあ,前回37.2°Cを記録したのはいつかというと…。

約100年前,1924年の7月12日なんです。まだエアコンもなく,「地球温暖化」という概念さえなかった頃かと思います。

この年は旱魃で,岩手でもお米が凶作だった記録が残っているようです。

そしてまた,これは宮沢賢治が28歳,亡くなる7年ほど前のことになります。

「雨ニモ負ケズ」の一節「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」は,この年の夏が下地にあるのかもしれませんね。

 

お店の裏手には北上川の流れ

光原社の中庭に面して,「可否館」があります。きっとここでコーヒーを飲んだら,ゆったりとした時を過ごせるでしょう。器も素敵なものを使っているに違いありません。

でも順番待ちの列ができていたので,また今度。

中庭をさらに奥に進むと,お店の裏手に北上川が望めます。

光原社の裏手には,北上川の流れ

光原社の裏手には,北上川の流れ

心安らぐ静かな流れ。賢治の時代からここを流れ続けてきました。

盛岡の町には,北上川に加えて雫石川,中津川の3つが流れています。盛岡駅で東北新幹線を降りると,北上川を渡ってから繁華街に入ります。だから街が静かな感じがするんです。

北上川と開運橋

北上川と開運橋

今年は猛暑の盛岡ですが,百日紅が元気に咲いています。川面を眺めていると,少しだけ涼しい気分になります。

百日紅が夏を告げる

百日紅が夏を告げる

フクロウみたいなお茶碗を買いました

散策も済んだので,買い物をしましょう。お店に入っていろいろ覗いてみます。

目移りしますが,ご飯茶碗を買いました。素朴な佇まい。なんだかフクロウみたいな柄ですね。

フクロウみたいなお茶碗

お茶碗を買いました

賢治はフクロウが好きで,自らこんな絵を描いていたようだから,これはアリですね (^◡^)。

賢治が描いたフクロウ

賢治が描いたフクロウ(賢治記念館にて)

ご飯を食べにいこう

光原社を出たら,ご飯を食べにいこう (^ω^)。お昼は北上川を渡って徒歩数分,「盛楼閣」の冷麺を食べます。

盛岡冷麺なら盛楼閣で

盛岡冷麺なら盛楼閣で

盛岡には「三大麺類」というのがあります。椀子そば盛岡冷麺,そしてじゃじゃ麺です(じゃじゃ麺て知ってるかい?)。

そして冷麺の一番人気がここ盛楼閣なんです。歯応えシコシコ,美味しいですよ。

晩ごはんは,津志田にある激ウマ回転寿司「清次郎 盛岡店」で。三陸の魚がチョー美味しい。

激ウマ回転寿司「清次郎」で

激ウマ回転寿司「清次郎」で

お酒はもちろん盛岡の「あさ開」です。

三陸の海の幸といえばね,これこれ。ホヤも握りでいただきます。

ホヤの握りも美味しいよ!

ホヤの握りも美味しいよ!

ホヤの握りって他ではあんまり食べられないと思います。新鮮だから臭みも全然なくて,最高です。

 

おわりに

岩手には宮沢賢治ゆかりの場所がいくつかあります。何しろ,銀河鉄道が本当に走っていますからね。

igr.jp

そんなところを巡るのは,本当に楽しくて想像力が掻き立てられます。オススメですよ。

うちでもホヤで一杯

うちでもホヤで一杯

義実家に戻ったら,産直で買ってきたホヤでまた一杯(笑)。いいですなあ。

光原社は,仙台店もあります。こちらもどうぞご贔屓に。

仙台光原社のこと | 仙台光原社

 

ところで,はてなブログの「今週のお題」が「この夏,よく食べたものは?」となっていますね。…ということで「ホヤ」です!(いつも食べてるけどね)

今週のお題「この夏よく食べたもの」

 

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