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【渋谷・宮益御嶽神社】ビルの谷間のお犬様:狼信仰をたどる旅・その4

渋谷・宮益坂。多くの人でごった返すビル街の中に,「宮益御嶽神社」があります。御岳山とつながりが深いこの神社の御眷属も狼。そう,この神社の狛犬は狼像なのです。ビル街の中にいるお犬様はどんな様子でしょうか。

というわけで,仕事で渋谷に出た日の空き時間を使って,宮益御嶽神社を訪ねてみました。

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都会の雑踏から静かな神社の境内へ

人がひしめく渋谷駅で電車を降りてヒカリエ方面の出口を出ると,目の前に宮益坂があります。この道を1〜2分上ると,渋谷郵便局の少し手前に,左側へ入る石段が見つかります。入り口に鳥居がかかっていなければ,この奥に神社があるとは想像もつかないような場所です。

鳥居をくぐってこの石段を登っていきます。けっこう長い階段です。のぼっていくにつれて宮益坂の喧騒が届かなくなり,静かな空間に入っていくのが不思議です。

そして石段を登りきると…。

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ビルに囲まれて静謐な空間がありました

ビルに囲まれて,神社とその境内がありました。都会のエアポケットとでも言うべき不思議な空間です。ここには渋谷の喧騒も届かず,嘘のように静かです。

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二の鳥居をくぐったら,手水舎で手を清めます

二の鳥居をくぐって手水舎で手を清めたら,玉砂利の中に敷かれた参道を通って社殿に向かいます。途中,左側には宮益不動尊があります。

ビルの谷間のお犬様

三の鳥居をくぐり,社殿の前に進むと,そこには日本狼をかたどった狛犬が。社殿に向かって左側が吽形で右側が阿形です。かっこいいですね。昔の人たちの狼への畏怖が,この大都会の真ん中に息づいているということが何だか愛おしく感じられます。

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宮益御嶽神社の狼像。かっこいいです

さて,何はともあれお参りです。他に誰もいない静かな境内でじゃらんじゃらんと鈴を鳴らし参拝しました。

次に狼像を正面からも撮ってみました。凛々しいお犬様です。ここでα6400の「動物瞳AF」のことを思い出しました。瞳AFの検出対象を「動物」にして,狼像にカメラを向けてみると,ちゃんと瞳を検出してフォーカスを合わせてくれました。それだけリアルな狼像だということでしょうか。

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狼像のご尊顔を正面から

以前丹波山村役場のTさんから,リアルなデザインの狼像は比較的新しい時代のものだということを教えていただきましたが,神社のホームページによると,宮益御嶽神社の狼像は延宝年間(江戸時代1673~1681年)の作品だと推定されているそうです(現在社殿の前にいる二体はブロンズ製のレプリカ)。

境内を見て回ります

参拝を済ませたら,社殿の左側にある小径にも行ってみました。枯れかけた紫陽花も味わい深いですね。

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社殿の左の小道には枯れかけた紫陽花が

参道の途中にある不動尊にも手を合わせます。お堂の中には三体の不動尊がありした。思いがけず長い年月を経た感じの石像でびっくり。

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宮益不動尊の不動さま

境内はずっと静かです。30分ほど滞在していたのですが,その間に3人の方がお参りされていきました。渋谷で仕事をしている方達にとって,この神社は身近な存在なのでしょうか。

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都会の真ん中にあるとは思えない,静かな境内です

「宮益坂」の地名の由来はこの神社から

神社をあとにして,石段を降りました。宮益坂に出たとたんに人の流れに飲み込まれ,「ああ,ここは都会の真ん中だったんだ」とあらためて思い知らされます。

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渋谷・宮益坂。こんな街の真ん中にも狼信仰が息づいています

ところで「宮益御嶽神社」という名前は宮益坂に作られた御嶽神社という意味かと思っていたんですが,正確にはそうではないようです。このお宮のご利益が増すという願いを込めて,この場所が宮益と呼ばれるようになったんだとか。神社が先だったんですね。東京に住んでからずいぶん長い時間が経ちましたが,それは知らなかった!

かつて富士見坂とも呼ばれたこの坂一帯は,古くから矢倉沢往還(大山道)として江戸の町と郊外農村との接続点でありました。御嶽権現の門前であったことから,宮益町と称していたので,宮益坂と呼ばれるようになりました。

(宮益坂入口の案内看板から)

おわりに

狼信仰の痕跡はこんな都会の真ん中にも残っていました。多くの人が行き交う渋谷の通りからわずかの所に静謐な空間があり,そこに古くからの狼信仰が息づいていたことに驚きを感じずにはいられません。