はじめに ––– 摩利支天について
仏教には「天部」と呼ばれる守護神たちがいます。馴染み深いところでは毘沙門天や大黒天,弁財天など。これらの神様は,インド古来の神が仏教に取り入れられて護法神となったものだそうです [*脚注1]。摩利支天もその一つ。
9月に南アルプスの甲斐駒ケ岳に登ったのですが,この山には「摩利支天」という名のついた衛星峰があります。「摩利支天」は天部の一柱で,太陽や月の光を神格化したものらしいです。
陽炎は実体がないので捉えられず,焼けず,塗らせず,傷つかない。常に日天の前に疾行することから,かつての日本では武士の間で摩利支天信仰があったようです。甲斐駒ケ岳の衛星峰についた「摩利支天」の名前も,かつてこの地方を治めていた武田氏による命名なのでしょうか。
摩利支天は元来二臂の女神像だったらしいのですが,現在は猪に乗って空を翔ける男神として祀られることが多いようです。疾走する猪のスピード感と摩利支天のイメージが結びついたのでしょうか。
実際に甲斐駒ケ岳の摩利支天頂上に置かれていたレリーフには,猪に乗った三面六臂の男神が,陽光のように空を翔ける様が描かれていました。
上野に摩利支天を祀ったお寺があった!
甲斐駒ケ岳の岩峰の上にいらっしゃる摩利支天があまりにもカッコよく,また「摩利支天」という名前の響きにも惹かれて(もとは太陽や月の光線を意味する,梵語のMariciから来ているそうです),他に摩利支天を祀っているお寺がないか探してみました。
すると,何とうちから遠くない上野,それもアメ横商店街の中に「日本三大摩利支天」の徳大寺があると!これは灯台下暗し。先日さっそく訪ねてみました。
徳大寺を訪ねる
徳大寺はJR山手線の御徒町駅から徒歩3分。アクセスは抜群に良いです。
駅を出て少し歩くと「徳大寺はこちら」という看板を見つけました。その看板に従って歩いていくと,道はこんなアメ横の狭隘な商店街に入っていきます。こんな雑踏を抜けたところに,由緒あるお寺や神社があるのは東京ならではですね。
商店街を抜けていくと,お寺はすぐに見つかりました。雑踏の中に立派なお寺が現れるのでちょっとびっくりします。
境内へ上がる階段には,「下谷摩利支天」と書かれた小さな行灯が置かれています。側面には猪が描かれているのがうれしいです。
本堂横には「力の亥」。うん,これに乗ればどこへでも翔けていけそうだ!
そしてここにも神仏混淆の跡が色濃く残り,境内には「石橋稲荷」という祠があって,絵馬やおみくじも売られていました。かかっている絵馬もみんな猪 (^ ^)
ご本尊の大摩利支尊天像はご開帳されていないようで見ることはできませんでしたが,本堂前にミニチュア (?) の像が飾られていました。いかにも陽光の化身。やっぱりカッコいいです。
ミニチュアとはいえ力強い摩利支天像の姿を見ていると,力を授けてもらえそうな気がしてきます。かつて武士たちが摩利支天を信仰したというのも納得です。
ところでとんと忘れていたのですが,今年はイノシシ年でしたね。ミニチュア摩利支天像の下には,猪の迅速なスピードと力強さが武神である摩利支天信仰と結びついたという説明が貼られていました。私たちの歩みにも力強さを与えてくれますように。
おまけ…不忍池にも寄っていきます
徳大寺を後にして上野駅へ向かいます。ついでなので,不忍池にも寄っていくことにしました。夏に来た時にはハスの花が一面に咲いていましたが,今はハスの葉も枯れ色です。でも池の向こうの弁天堂は相変わらず美しい佇まいです。
池をぐるっと回って弁天堂に向かいます。ここに祀られている弁財天も「天部」の神様ですから,摩利支天とは同格の仲間ですね。
途中,不忍池に立つ杭にはユリカモメがとまっていて,時々飛び立ったり違うのが飛んできたりしていました。
また弁天堂の敷地には琵琶の形の絵馬が可愛らしくかかっていました。
おわりに
甲斐駒ケ岳で出会った摩利支天に,思いがけず近くでまた会えてうれしかったです。僕も空を翔けるような力を持てれば…いや,そんな気持ちを持って日々過ごしていけたらと思ってしまった秋の午後でした(甲斐駒ケ岳にもまたいきたい)。
[脚注1] 足の速い人を指す「韋駄天」もまた天部に属する守護神の一柱のようです。
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