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森敦「月山」「鳥海山」を読む:庄内平野を挟んで対峙する "死の山" と "生の山"

コロナ禍で山登りの自粛中です。仕事も在宅ワークが続いており,少しだけ時間ができたので,時々山の地図を眺めたり,以前読んだ山の本を読み返したりしています。

「山の本」といっても色々あります。登山のドラマを描いたいわゆる「山岳小説」もいいですが,ちょっと刺激が強いですかね。実際の山登り中は,気持ちがむしろ静かになっていることが多く,あんなにドラマティックな感情の起伏はない…というのが正直なところかな。僕だけかもしれませんが。

今回あらためて読み返してみて,やっぱりいいなと思ったのは,森敦の「月山」と「鳥海山」。姉妹編ともいうべき2冊です。

森敦「月山」「鳥海山」

森 敦「月山」「鳥海山」

月山と鳥海山

山形県・庄内平野を挟んで対峙する2つの山,月山と鳥海山。双方とも2000 m前後の標高を持つ高山です。日本海に近いところに位置しているため,どちらも冬には豪雪に埋り,夏には豊かな雪解け水で米どころ・庄内平野を潤すのです。

特筆すべきは,この地方ではかつてから,月山が「死の山」,鳥海山が「生の山」とされてきたことです。

これは鳥海山が明るく良い山で,月山が陰鬱な悪い山という意味ではありません。月山は聖なる山,鳥海山は俗なる山という扱いなのです。なおも言うと,この扱いは「俗の山」たる鳥海山を低く見ているのでもなく,そこに生きる人々の力強さやしたたかさといった生活のあれこれを重ねたもののようです。

そして,こんなイメージを持って歩くせいかもしれませんが,実際に月山と鳥海山に登ってみると,確かにこの2つの山は,それぞれ「死の山」「生の山」だなあということを肌で感じたものです(僕自身は宮城県民だった頃に,月山と鳥海山に何度か登りました)。

森敦「月山」を読む

作家・森敦はもともと九州生まれの人ですが,妻の生家である山形県・酒田市に長く住み,その後庄内平野を転々としながら過ごしました。そしてある年,月山山中にある注連寺で一冬を過ごしました。「月山」はその時の体験が下地となって書かれたようです。

ながく庄内平野を転々としながらも,わたしはその裏ともいうべき肘折の渓谷にわけ入るまで,月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。そのときは,折からの豪雪で,危うく行き倒れになるところを助けられ,からくも目ざす渓谷に辿りついたのですが,彼方に白く輝くまどかな山があり,この世ならぬ月の出を目のあたりにしたようで,かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。しかも,この渓谷がすでに月山であるのに,月山がなお彼方に月のように見えるのを不思議に思ったばかりでありません。

(中略)

すなわち,月山は月山と呼ばれるゆえんを知ろうとする者にはその本然の姿を見せず,本然の姿を見ようとする者には月山と呼ばれるゆえんを語ろうとしないのです。月山が,古来,死者の行くあの世の山とされていたのも,死こそはわたしたちにとってまさにあるべき唯一のものでありながら,そのいかなるものかを覗わせようとせず,ひとたび覗えば語ることを許さぬ,死のたくらみめいたものを感じさせるためかもしれません。

たしかに遠くの山から見ても,月山は丸く,なだらかで,巨大な山体をしており,月が山の端から現れた時のような姿を見せます。その山裾の南東は山形盆地,北西は庄内平野に達しており,いかに大きな山かがわかるかと思います。

月山

月山。宮城県・大東岳から

さて,森敦の「月山」です。

ある秋の日。「わたし」が月山山中の寺にたどり着きます。彼は寺で日々を過ごしますが,山を降りる決心をつけることができずにいるうちに,やがて冬がやってきます。

彼は長い冬の間何をするのでもなく,毎日寺のじさまが作る飯を食べて過ごします。やがて彼は和紙を張り合わせて蚊帳を作り,その中で寺に吹き込む雪に耐えて過ごすのでした。そう,まるで繭の中で天の夢を見る蚕のように。彼は深い雪に閉ざされた山中の寺で,「俗」とは切り離されて過ごしたのです。

この果てもない山々が,どうして山ふところだというのであろう。それはすこしも変わらぬ月山でありながら,この世のあかしのように対峙していたあの鳥海山が,もはやまったく見えぬというより,なきがごとき気すらする別世界をなしているということかもしれません。

毎日吹雪が続く冬の間に,時おり寺を訪ねるやっこ(押し売り),富山の栗売り,村落の人々。「わたし」はそれらの人々との交わりを通して,しだいに「この世ならぬもの」になってゆきます。

「…鳥海山の見せるちょっとした姿さえ忘れねば,月山さ行く道もしぜんとわかるというもんだ」
 と,押し売りは月山が死の象徴であるのに対して,鳥海山が生の象徴であり,それらを結ぶ線上にこそほんとうの道があって,あやまたず生を見まもればおのずと死に至ることができる,というようなことを言うのです。
「いちめんの吹き(吹雪)の上に,鳥海山が…」

そして冬が過ぎ,春がやってきたある日,彼は寺を後にして,山を下りて行きます。

ラストのシーンは印象的です。彼は庄内平野の向こうに鳥海山が望めるという十王峠を越えてゆきます。峠に向かう山の尾根はすり鉢状の地形になっていて,彼がいつか見た,鉢に落ちたカメムシがもがきながらも鉢を這い上がって,その縁から飛び立ってゆくシーンと重なるのでした。吹雪に閉ざされた月山の山ふところから鳥海山が輝く峠へ。「死」と新しい「生」の象徴。そう,これは「わたし」の再生の物語だったのでしょう。

鳥海山

宮城県・大東岳からはるかに鳥海山

単行本「月山」には,続編「天沼」も収録されています。こちらでも,月山の死の山たる所以が味わい深い文章で語られます。「天沼」という言葉の意味は…これは読んでのお楽しみということにしておきましょう。

森敦「鳥海山」を読む

「鳥海山」は「初真桑」「鷗」「光陰」「かての花」そして「天上の眺め」の五編からなる連作小説です。

話は庄内地方の最北端,遊佐町の吹浦という集落から始まります。ここは鳥海山の裾野にある,半農半漁の小さな村です。吹浦に立つと鳥海山を間近に見ることができるのですが,あまりに近いためか(それは確かに鳥海山なのですが)かえって出羽富士とも呼ばれる秀麗な全容を,本当につかむことはできないのです。それを作者は「もどき,だましの鳥海山」と記しています。

…鳥海山は近くにしたがって,いつとなく隆起してくる中腹に本然の姿を隠して行く。その隆起して来る中腹のつくる山容が,またまったく富士に似ているので,これもまさに鳥海山とはいうものの,依然として全容を見る思いをさせられているという点で,もどきというかだましというか,中腹のつくるそうした山容を眺めさせられているのだ。

(「初真桑」から)

これは山中に分け入っても月山がなお月山であり続けることとは対照的です。あるいは死が絶対的な唯一のものであるのに対して,生は様々なものが現れては消える,移ろいゆくものであることの表象なのでしょうか。

とはいうものの,生と死を対照的なものとして捉えるのも,もしかしたら違うのかもしれません。「月山」で寺を訪ねた押し売りが言っていたように,生と死を結ぶ線上に一筋の道があって,それらはひと続きのものなのでしょうか。となると,月山と鳥海山を南北に望む庄内平野こそは,人が生まれてから死んでゆくまでのリアルな舞台ということなのでしょうか。

「ンだの。そのばさまの言うことではねえんども,生だいうても死のもどき,だまし,死だいうても生のもどき,だましなんでねえでろか。おらァときどき,ふとそんな気がすることがあるもんだけ」

以前僕は,何度か吹浦を訪ねたことがあります。集落の奥には鳥海山頂上に本宮がある大物忌神社の吹浦口宮があります。僕が神社の境内でぼーっとしていると,地元の女子高生?が石段をタタタッと駆け上がってきて,お賽銭をチャリーンと入れて手早くお参りをして,またすぐに石段を駆け下りて行きました。これはやはり「信仰」には違いないのでしょうが,でももっと生活に根ざしたもののように感じたのです。それを「俗なるもの」と言うのは言い過ぎかもしれませんが。…いえ,聖も俗も渾然一体となったものというべきでしょうか。

だが,夕焼けに染まった鳥海山は,幻のごとく現れて来るばかりか,あわあわと消えようとしている。それがいかにも無限のかなたに退いて行くように見え,汽車はなおもどき,だまし,もどき,だましと呟きながらも進むことをやめて,かえって,退きはじめたような気がするのである。しかし,これでいいのかもしれぬ。鳥海山は死の山であることに破れて,やむなく生の山にされたという。もし鳥海山がやむなく生の山にされたのなら,いつまた死の山になっているかもしれぬ。われわれは生の山へと行くつもりで,いつともなく死ぬではないか。

吹浦の海辺には,鳥海山の溶岩流が海に流れ込んで固まった岩に彫られた十六羅漢像があります。鳥海山ときらめく海の間にある岩に彫られた羅漢像たちは,潮風にくずれながらもなお生きて語りかけてくるようにも感じられます。ここは一見の価値があるところだと思います。十六羅漢から海沿いの道を歩くと,有耶無耶の関。「鳥海山」でも触れられている,秋田県との県境です。

物語はさらに「鷗」,「光陰」とどこか明るい調子で続きます。そして「かての花」では新潟の弥彦山に,月山に似たものを見出したことが語られるのです。

まとめ

以上,森敦の「月山」「鳥海山」の紹介でした。両書では,死の山たる月山と生の山たる鳥海山が味わい深い文章で描かれています。間違いなく名著だと思います。

山が好きな人,東北の民俗に関心のある人,そして生と死について考えてみたい人はぜひ一読されることをお勧めします。

未だ生を知らず
焉んぞ死を知らん

(「月山」の冒頭に書かれている言葉です)

 

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単行本は「月山」のみ,中古で出回っているようです。