画家の玉川麻衣さんの個展「蒼炎抄」が,10月4〜14日に開催されました。場所は六本木にあるストライプハウスギャラリー。
玉川さんは7月にも個展を開催されているので,わずか3ヶ月をおいての開催です。すごいエネルギーだなあ。
涼しくなってきた10月9日,僕もお邪魔してきました。今回も素晴らしい絵を拝見し,またいろんなお話を伺って,印象に残る時間を過ごしました。
六本木「ストライプハウスギャラリー」へ
10月9日,小雨の中を六本木のストライプハウスギャラリーへ向かいます。
六本木駅から歩いてすぐですが,繁華街から通りを一つ隔てた,静かな一角にあります。
うん,なるほどその名の通り,しましま模様の建物なんですね。
それでは今回も,拝見した絵のうちの何枚かを紹介したいと思います(絵の写真を撮ることは,玉川さんご本人に許可をいただいています)。
山にかかる雲と狼たち
守護者たち
天の上の存在となった狼たち。下に見えているのは,武蔵御嶽神社ですね。
奥多摩の山ふところ。この雲はその尾根にかかる霧であり,天上の狼たちを包む雲でもあるんですね。
武蔵御嶽神社は,狼信仰の聖地。その由緒は古事記にも記されています。
ヤマトタケルが東征中に,霧に包まれて道に迷ってしまった。ところがその時,白い狼が現れてヤマトタケルを導いた。やがて霧が晴れて,一行は奥多摩付近の山にたどり着いた。
そこでヤマトタケルは三峯にイザナギ,イザナミを祀り,狼は神の使い=御眷属となった。
狼信仰は山に対する信仰と繋がっているとも言われ,山から流れきて命を育む水への感謝とも繋がっているという指摘もあります。
この絵に描かれている狼はまさに守護者。神社を守り,山を守り,山の恵みである水を守っているんですね。
白い狼は,その後ヤマトタケルから東国を治めるように言いつかったもの。この絵にも高貴な表情で描かれているのは,そんな存在であることを暗示しているのかな?
大口真神4
玉川さんが武蔵御嶽神社に取材に行ったところ,みるみるうちに辺りが霧に包まれていったそうです。
折しも夕暮れ時。そんな時間帯だったから,霧が青かったと。
そしてその霧の中に、御眷属の姿が浮かび上がってくるように感じられ,その様子を表現しようと思って描いたそうです。
そう,山で霧に包まれていく時の,あの感じ。霧には濃淡があって,それがあたかも生き物のように,濃くなったり薄くなったりを繰り返しながら,いろんなものを浮かび上がらせる…。
そして朝夕の霧は,あたりを青く包む*1。
玉川さんとそんな光景についての話をして,盛り上がりました。
霧に包まれる御眷属の表現は,新しい試みとして描いていきたいとのお話でした。
「御嶽シリーズ」,いろんな狼の絵に出会えそうですね。とても楽しみです。
*1 写真でも朝夕の仄暗い時間帯を「ブルーアワー」って言いますね。
狼絵3枚
唱和
ギャラリーの一角には,玉川さんが描き続けている狼絵が数枚展示されています。
かつて神の使いとして山をかけていた狼たち。彼らはもういなくなってしまったけれど,今も山を守るものとして,その声を響かせています。
玉川さんの狼絵には,彼らへのシンパシーが込められており,深い愛情が感じられます。
深い山の深い夜。奥多摩の山の,きっとあのあたり。
岩角に立った二頭の狼が祈りの声を夜空に響かせています。
この声はいくつかの尾根を隔てた岩角に響き,二頭の狼がその声に応えます。
彼らの声は互いに共鳴して,深い谷に響いていることでしょう。
そしてその声は,山の夜といっそう深いものにしていくことでしょう。
夜空に輝く星々も,その声に応えるかのように,その輝きを増していくことでしょう。
「呼」と「応」は夜の山と空を通じてつながります。2枚の絵を並べるとこんな風に。
ところで,ギャラリーでお会いした方が指摘されていました。「以前よりも狼たちの表情が幸せそうに見える」と。
すると玉川さんはこんなふうに話されていました。「初めのうちは届かないかもしれないと思っていた遠吠えだった。でも今は現実に絵を見てくれる人がいたり,絵本を作れたりして、声が届くようになってきた。狼たちも遠吠えが届いて、応えてくれる狼がいる。だからかもしれない」って。
狼たちのいる山ふところが,いっそう幸せなサンクチュアリになっていくといいなあ。
蝕
皆既月食の夜。赤くなった月の下で,2頭の狼が体を寄せ合っています。
光を失った月の下で,彼らの心に去来するものは畏れ?安らぎ?それとも長い長い孤独?
玉川さんが描かれたこの月の色は,確かに一年前の皆既月食の時に見たものです。
月が完全に地球の影に入ると空が暗くなり,それまでかき消されたいた星々の光が生命を得て,いっせいに輝き出すように感じられます。まるで夜の森で風がやむと,虫たちの声がいっせいに響き始めるように。
だから狼たちが感じたものは,暗くなったことへの畏れだけではなかったと思えてなりません。そこにはきっと小さき生命?光?の再生があり,彼らはそれに共鳴していたんだと思えるのです。
夜の森を背景に描かれる玉川さんの狼絵。眺めていると,山の夜がキャンバスの外にもずっと広がっていきます。
風にそよぐ木々,木の枝を通して瞬く星,動物たちの微かな息遣い。それらが実感を持って蘇ってくるようです。
「暗闇の大鏡」によせて
この絵は,稲川淳二さんの怪談をモチーフに描かれたものだそうです。
皮膚病に侵され,自らの運命を呪いながら暮らしていたという女性。彼女は明かりをつけることもなく暮らしていたとか。
彼女の肉体は滅んでも情念は残り,暗い森の中にある大鏡を覗き続ける。そこに映る彼女の願い…。
大鏡の中に続くのは,深い通路なのでしょうか。それはどこへ続いているのでしょうか?
玉川さんは彼女の(リアルサイドの)顔を最後に描き込んだそうです。皮膚病の顔を,「ごめんね,ごめんね」と言いながら。
月光龍図3
玉川さんは,絵を描いているとエネルギーを使って、自分からだんだん力が抜けていくように感じるそうです。
でも個展で見る人に絵を受け止めてもらうと、また身体にパワーが満ちて、復活していくのが感じられるとも。
龍を描くには「パワーのジャンプ」が必要だから、しばらく描けなかったけど、前回の個展のあと「今ならいけるかもしれない」と思って描いた,それがこの絵だそうです。
古くから,龍はその手に玉を持って描かれてきました。玉川さんの描く龍が持つ玉は,満月そのものです。
その龍と満月を包む月光彩雲。
この彩雲は龍が作り出したものなのでしょうか。
いえ,月の光と空に浮かぶ雲は龍そのものであり,それらが生命を得て動き出した姿がこの龍なのでしょうか。
以前月光彩雲を見て,玉川さんの描く龍を思い出した話はこちら↓
悠久なるものへの畏怖とか,光と雲の力とか,そんな「大いなるもの」に打たれてしまう絵だと思いました。
おわりに
今回もまた玉川ワールドに浸ることができて,幸せな時間でした。
前回の個展から3ヶ月という短い期間での開催でしたが,これはいろいろとあって,前回の個展が後ろ倒し,今回の個展が前倒しになった結果だそうです。
大変だったでしょうね (^ ^;)。
僕がギャラリーを訪ねた時にはたまたま人が少なくて,お話をいろいろ伺うことができたのもラッキーでした。
どうもありがとうございました。
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