年末からお正月にかけて時間があったので,画家の玉川麻衣さんが挿絵を描かれた絵本,「蒼い夜の狼たち」をあらためて読み返しながら過ごしました。
そしたら泣いちゃった話です。
狼信仰と七ツ石山
奥多摩山塊の中心部に坐す雲取山とその隣の七ツ石山。ここは狼信仰が息づく心のふるさとでもあります。
雲取山の秩父側には狼を祀る三峯神社がありますし,その周りの奥武蔵の山々にも狼像が祀られています。
そして山梨県側の七ツ石山には,七ツ石神社が古くから建っています。
七ツ石神社の狛犬(お犬様)は二体の狼像。2匹の狼は神様の使いとして,七ツ石山とふもとの村––丹波山村––を守ってきました。
…けれども数年前まで,七ツ石神社は長年の風雨で朽ちかけて,狼像も崩れていたのです。
七ツ石神社の再建と丹波山村
七ツ石神社と狼像の修復
そんな中,Tさん(SNSでご本人が名前を出していらっしゃらないので,ここでもイニシャルで記します)が丹波山村に移住され,七ツ石神社の再建事業を進められました。
朽ちたお社の再建と,風雨に崩れてしまった狼像の修復。
狼像のうち阿形は特に損傷が激しく,原型をとどめていないほどでした。
けれども2体の狼像は里へ下り,修復されて帰ってきました。
七ツ石神社は2018年の秋に再建され,修復されたお犬様も新しいお社の中で微笑んでいらっしゃいます。
丹波山村小袖地区は七ツ石山の麓
丹波山村は丹波川(多摩川の源流になります)に沿って開けた村です。そんな丹波山の,七ツ石山の麓にある小袖地区。
ここの人たちと七ツ石神社の関わりは長く,七ツ石神社と狼像の修復は,特に小袖の方たちにとって心の拠り所が守られることであったようです。
そんな狼像の復活と,小袖の方々の思いが,一編の物語になりました。
物語を紡いだのは七ツ石神社の復活プロジェクトを進めたTさん。そして画家の玉川麻衣さんが絵を描かれました。
玉川麻衣さんの狼絵
玉川麻衣さんは,丹波山村の狼信仰を語る上で,Tさんと共に欠かせない方です。
玉川さんは丹波山〜三峯の狼をモチーフに作品を数多く描いてきました。玉川さんの絵は,とても繊細なタッチのペン画。その前に立つと,自分が狼の駆ける山の夜に包まれるように感じます。
Tさんと玉川さんが出会ったのは必然だったのでしょう。一昨年末に,玉川さんの個展でお二人のお話を伺う機会があったのですが,丹波山の狼と七ツ石神社にまつわる物語は,とても興味深いものでした。
蒼い夜の狼たち
素敵な絵本が誕生しました
こうして生まれた物語は「蒼い夜の狼たち」。とても素敵な装丁の絵本に仕上がっています。
神様の使い(御眷属)である二頭の狼と,七ツ石神社を拝み続ける小袖のおばあさんの物語*1。
弱ったおばあさんを助けるために狼たちのとった行動は––。
それは崩れかけていた七ツ石神社の狼像の姿に繋がり,物語の展開は地域一帯の狼信仰の広がりに繋がっていきます。
山里に生きる人々の暮らしと,そこに息づく信仰の温かさ。そして山を駆ける狼たちの気高さ。
これは単なるフィクションではありません。古くから脈々と受け継がれてきて,今も七ツ石山に「ある」こととして,物語は強い実感を伴って胸に迫ります。
さらに七ツ石神社が再建されたことによって,この地域の信仰と文化が未来へと繋がっていくことの尊さ。
ここにはただのノスタルジーに終わらない,過去-現在-未来をつなぐ温かい物語があります。そして玉川さんの美しい絵によって,読むものはその温かい世界へと誘われるのです。
絵本を届けてくださったTさんは言います。「静かで美しい山の香りを,空気を,狼たちの駆ける音とともにお楽しみください」。
*1 ネタバレを避けるために,その内容について多くは書きません。
物語の後日談が語られました
この絵本を読み返していたところ,Tさんがツイッターにこんな投稿をされました。「蒼い夜の狼たち」の後日談…でしょうか。
【七ツ石神社 豆知識】
— 丹波山村文化財担当 (@tabayama_1) 2022年12月22日
社の中に納められたある一句は、絵本のモチーフでもある小袖のおばあさんが
「歳でもうあの場所までいけない。でも、これでさよならなんて、今まで散々お世話になったのに。なにもできないけど、歌を作ったの。下手だから笑ってね。でも、できるならこれを届けてください」と、
電話口で歌ったのを書き留めたもの。
— 丹波山村文化財担当 (@tabayama_1) 2022年12月22日
生前「私だけが名前を残すのは憚れるから」と語った約束通り、詠み人は「小袖講中」としてあります。
「蒼い夜の狼たち」で描かれていたおばあさんでしょうか。
まさかのタイミングでのお話。心を打たれました。
丹波山村の文化を発信する Wolfship Design
「蒼い夜の狼たち」の出版をはじめとして,Tさんは「Wolfship Design」というプロジェクトを立ち上げ,丹波山村の文化の発信をされています。
シンボルとなるロゴは,七ツ石神社のお犬様。小さな村から人々への発信を,狼の遠吠えに見立てて立ち上げたプロジェクトだそうです。
七ツ石神社の再建は,丹波山村にとって「文化の狼煙」となればよいと願ったとのこと。
ささやかながら,その遠吠えに応えていけたら…と思わずにはいられません。
おわりに
七ツ石神社の再建と,そこから生まれた物語の紹介でした。
僕自身この本を読み返しながら,再び奥多摩の尾根の上に心が飛んでいくのを感じました。そして夜の底で,狼たちの息遣いが間近に聞こえるような思いに包まれました。
でもそれは怖いものではなく,暖かく優しく,そしてどこか儚いものでもあるように思います。
絵本を開いては山に思いを馳せる,そんな素敵な一冊です。
「どうか,誰か覚えていてくれますように」。
「蒼い夜の狼たち」は Amazon でも購入することができます(出版:一般社団法人たばやま観光推進機構)。興味を持たれた方,是非お読みください。
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