梅雨時はジトジトして気分もどんよりしがちですが,こんな季節にも楽しみはあります。
ホタルの乱舞もその一つ。
オスとメスが光を点滅させながら,お互いの存在を知らせ合う様は,いかにもロマンチックな季節の風物詩です。
さて,福島県にもほたるの里がいくつかあります。
去年は福島市内・荒川近くの「荒川ほたるの森」に行って,ほたるが飛び交う幻想的な光景を目にしてきました。
今年は少し足を伸ばして,桑折町「うぶかの里」でゲンジボタルの乱舞を撮影してきました。
桑折町「うぶかの里」
「うぶかの里」は福島県の北端近く,桑折町にあります。温泉入浴と食事ができる保養施設。周りを山に囲まれており,産ケ沢川の清流が流れる静かな環境にあります。
福島市街地からだと車で40分くらいかな?意外に近いですね。
うぶかの里研修センターの駐車場が利用でき,ホタルはそのそばを流れる産ケ沢川で見ることができます。
ところで関係ない話ですが,「桑折」という地名は信達地方で養蚕が盛んだったことの名残のようで,グッときます。
うぶかの里にて
うぶかの里に到着したのは夕暮れ時。梅雨の晴れ間で青空が見えています。雲がオレンジ色に焼けてキレイ。
風も弱いので,ほたるもよく飛びそうですね。
地元の方に聞いてみると,すでに気温が上がってきたので,研修センターの前のホタルはあまり飛ばなくなっていて,上流の方が見頃とのこと。
そこで川に沿って登っていくと…おっ,暗い森の中に,蛍の光が見えています。
そして20時近くになってくると,その光が舞い始めました。
ほたるの乱舞
20時を過ぎました。すると葉っぱの上で光っていたほたるが,いっせいに飛びはじめます!
真っ直ぐに飛ぶもの,弧を描くように飛ぶもの,点滅しながら飛ぶもの…。
飛び方はさまざまですが,これらがオスーメス間でのメッセージのやり取りなのかと思うと,厳粛な気持ちになってきます。
暗い林と,その中を静かに流れる産ケ沢。一年に一度,この時期に見られる幻想的な光景です。
川辺に三脚を立ててほたるの乱舞を撮影します。藪蚊の襲来を受けながらも,ほのかな光につい見入ってしまいます。
ホタルの撮り方
ホタルの撮影は基本的に「比較明合成」で行います。
三脚にカメラを固定して,連続撮影。森の中はとても暗いので,基本的に絞りは開放,iso感度は3200くらいに設定しています(今回は16 mm (フルサイズ換算24 mm相当),F4です)。
露光時間は,今回は30秒で撮りました。これを十数枚撮ってPhotoshopで合成です(ファイルをレイヤーとして開き,全てのレイヤーのブレンドモードを「比較(明)」にする)。
ピントは,背景となる木々までの距離を目測して,マニュアルフォーカスでその距離にざっくりと合わせます。暗いので,ファインダーを覗きながらのピント合わせはできないですからね。
つまり厳密にピントは合わないわけですが,まあ仕方がないですかね。
ちなみに木々をライトで照らしながらピントをバッチリ合わせる…なんてことはしてはいけません。ホタルはデリケートな生き物で,そんなことをすると飛んでくれなくなりますからね。
ところでこうやってがんばっていても,カメラを向けた写野になかなか蛍が飛んできてくれないことがあります。
そういうときは…粘るのみ!とにかくほたるが来てくれるのを待って,シャッターを切り続けます。一度カメラ(三脚)の位置を動かすと,比較明合成ができなくなりますからね。
とはいえ,そうやって粘っていても,何だかカメラを向けていない方向に限って,蛍がよく飛んでいるような気がしてくることがあります。
そんなときは「こっちの水は甘いぞ♪」って,本当にそう言いたくなるんですよね(笑)。
星空とホタル––ほたるは星になった
今日は梅雨の合間の晴れ。暗い森から振り返ると,星空が見えています。
時々ホタルは森から出て,星空の方に向かって飛んでゆきます。
ほたるの淡い光が空に上って,そのまま星になるみたい。
見上げると,おりしも北斗七星が山ぎわに沈むところ。星空にカメラを向けて10分間ばかり連続撮影しました。星空を背景にほたるが飛んでくれたらいいなあ,なんて思いながら。
うんうん,飛んでくれました。星空に向かって飛んでいく光も写っています。
これは星空は一枚撮り,地上部のみ比較明合成しています。
夏の天の川と一緒に写せてたらもっと華やかだったんでしょうけどね。南の空は山に遮られてたので,残念。
ホタルはなぜ光る?
ところでホタルはなぜ光るのでしょう?
ここからはちょっと専門的な(化学の)話になります。興味のある方はお付き合いください。
光の吸収と物の色
分子は,普段は「基底状態」という安定な(=エネルギーが低い)状態にあります。基底状態は英語でいうと "ground state"。僕たちが地面に立っているような状態ですね。
けれども光が当たると,分子は光を吸収し,そのエネルギーによって「励起状態」というエネルギーの高い状態になります。「励起状態」は英語で "excited state"。直訳すると「興奮状態」になるでしょうか。光のエネルギーで分子がフンガー!って興奮している状態ですかね。
基底状態と励起状態のエネルギー差は,化合物によって決まっています。この「基底状態と励起状態のエネルギー差」が青い光のエネルギーと等しければ青い光が吸収され,赤い光のエネルギーと等しければ赤い光が吸収されることになります。
ある物質に青い光が吸収された場合,青以外の光だけが反射してくるので,それは「青の反対の色(補色と言います)」に見えることになります。逆に赤い光が吸収された場合,それは「赤の反対の色」に見えることになるのです。
「反対の色」は美術で習う「色相環」で一目瞭然です。
例えばにんじんに含まれるβ-カロテンはブルーの光を吸収するために,にんじんはその「反対の色」であるオレンジ色に見えているのです。
「光の吸収によって分子が励起状態になる時,分子の中で何が起こっているのか?」の説明は,めんどくさいのでパス。
光エネルギーの放出:蛍光
さて,それでは励起状態になった分子は,そのあとどうなるのでしょうか?
励起状態の分子は,受け取ったエネルギーを放出して,もとの基底状態に戻ります。通常,このとき余剰のエネルギーは,(ざっくり言うと)熱として放出されることが多いのです。
けれども中には変わり者の化合物もあって,余剰のエネルギーを光として放出するものがあります。この時出てくる光が「蛍光」です。
蛍光ペンには蛍光を発する化合物が使われています。また身近なところでは,クロロフィル(葉緑素)も太陽の光を浴びて赤い蛍光を出しています。
花火と有機ELディスプレイ
ところで,今まで分子が光のエネルギーを受け取って励起状態になる話をしてきました。
でも分子にエネルギーを別の形で与えて励起状態にすることもできます。例えば熱のエネルギーや電気のエネルギーなど。
こうして生成した励起状態の化合物が,光を放出して基底状態に戻るなら,熱や電気のエネルギーを光に変換することが可能ということになります。
「熱エネルギーで励起状態になったものが光を放出して基底状態に戻る」…この現象を利用しているのが花火(炎色反応)です(ただし花火の場合,励起状態になっているのは分子ではなく,金属原子)。
また「電気エネルギーで励起状態になった分子が光を放出して基底状態に戻る」現象を利用しているのが「有機ELディスプレイ」です。
有機ELディスプレイでは,イリジウムという金属の化合物が電気エネルギーで励起状態となり,これが光を出して基底状態に戻っています。
化学発光––ホタルはなぜ光る?
そんなわけで,「光る化合物」について幾つか取り上げてきました。
- 光エネルギー → 光エネルギー(蛍光)
- 熱エネルギー → 光エネルギー(炎色反応=花火)
- 電気エネルギー → 光エネルギー(有機ELディスプレイ)
これらに加えて,「化学反応のエネルギー」を光として放出する物質も知られています(化学発光, chemiluminescence)。化学エネルギーを光のエネルギーに変えるわけですね。
実は,ホタルはその一例なのです。
ホタルの体にはルシフェリンという化合物が含まれていて,これがルシフェラーゼという酵素の働きで,空気中の酸素と反応します*1。
この反応で生じるのは励起状態のオキシルシフェリン。これが余剰のエネルギーを光として放出することによって,基底状態のオキシルシフェリンへ変化します。
これがホタルが発光するメカニズムです。
一言でいうと,ホタルは体内で化学反応を起こし「励起状態の分子」を作り出しているというわけですね*2。
同様に,体内でルシフェリン-ルシフェラーゼ反応を用いて発光する生物には,ホタルイカやウミホタル,ヤコウチュウなどが知られています。
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*1 ルシフェリンおよびルシフェラーゼは生物発光に関わる化合物および酵素の総称で,生物によってさまざまな種類のルシフェリン,ルシフェラーゼが知られています。その名の語源はラテン語の「光」。イタリア語でも光は luce(ルーチェ)ですね。
*2 参考:例えば「発光生物の光る仕組みとその利用」, 近江谷 克裕, 化学と教育, 64, 372–375 (2016).
ホタルに似た化学発光現象––ルミノール反応,サイリウム
他にも,「化学発光」が身近なところで利用されている例はいくつかあります。
その一つは「ルミノール反応」。ルミノールはアルカリ性条件下で過酸化水素と反応して,励起状態の 3-アミノフタル酸イオンという物質を与えます。これが基底状態になる時に青い光が放出されます。
この反応は鉄イオンによって促進(触媒)されます。これを利用して事件現場の血痕を検出するために使われるのです(血液中の鉄分が反応を促進するので,血痕があるところでルミノールが光るわけですね)。
また最近よく見かけるのは「サイリウム」。アイドルのコンサートで,みんなが光るスティックを振っている,アレです。
あのスティックは二重構造になっていて,プラスティックチューブの中に薄いガラス管が入っています。このチューブを曲げるとガラス管が破れて,2種類の薬品が混じり,化学反応が起こるのです。この反応で励起状態の分子が生成し,これが光を出して基底状態になります。
コンサートで光るスティックを振っている時,僕たちはでっかいホタルになっていると言えないこともない(笑)。
おわりに
後半はマニアックな話になりましたが,それはともかく…。
ほたるの乱舞と星空のコラボ。ロマンチックな時間を過ごすことができて,よかったです。
でも,蚊の襲来を受けて,ボコボコに刺されてしまいました。
蛍の撮影の時は虫除けが使えないからね。…それこそ「こっちの水は苦いぞ」になっちゃう(汗)。
来年はレインウェアを着こんでこようかな。
「うぶかの里」は静かな環境でとてもいい感じだったので,今度は温泉に入りに来てみたいです。
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