前記事「【南アルプス】白峰三山(北岳,間ノ岳,農鳥岳)を縦走してきました––2日目:北岳,間ノ岳を越えて農鳥小屋へ」の続きです。
縦走最終3日目。今日は農鳥岳を越えて,奈良田に下山します。
天候が大荒れとなり,もともとコースがキツかったことと合わせて,大変な1日となりました。
- 爆風の農鳥テント場
- 農鳥小屋のトイレはすごいぞ!
- 西農鳥岳,農鳥岳を越えて
- 大門沢の急降下
- 下山後半戦です
- やっと奈良田に到着
- 今回の装備のMVP
- おわりに
- おまけ––農鳥小屋はどうなるのか
- 3日目記録
爆風の農鳥テント場
強風で目が覚めました
夜半過ぎ,強風で目が覚めました。テントが大きく揺さぶられています。
明け方に向けて,風は強くなる一方です。テントの床下にまで風が吹き込み,テント全体がめくれ上がりそうな時もありました。
もはやゆっくり寝ていられないですね。寝ているというより,横たわって自分の体重でテントが飛ばされないように押さえているといった感じ。
飛ばされないだろうか。テントのポールは折れないだろうか。
おまけに雨も降り出したようです。
この日は2時に起きて早立ちする予定だったのですが,目覚ましが鳴る前に危険を感じて起き出しました。
落ち着いて,今日の行程を考えよう
いったん落ち着きましょう。幸いステラリッジドームは,この強風に耐えてくれています。
まず朝食を取ることにします。この状況だと,外で食事は取れないだろうから,エネルギー補給です。
揺れるテントの中で注意深くお湯を沸かし,コーヒー,チーズ,ワッフルを食べました。暖かいコーヒーを飲むと,落ち着いて今日の行動を考えることができますね。
今日の行程を考えましょう。今日は農鳥岳を越えて奈良田に下山する予定ですが,来た道を引き返して広河原へ下山しても,コースタイムは同じくらいです。
どっちか安全かな?
広河原へ戻る道は,歩いてきたので「知った道」ではあります。でも間ノ岳〜北岳の間,3000 mを越える稜線を3時間以上歩く必要があります。あの稜線で爆風に吹かれるのは,ちょっとヤバい感じがします。
一方奈良田へ向かう道は,西農鳥岳から先は初めて通るルートです。でも大門沢下降点から先で樹林帯に逃げ込むことができますね。こちらの方が強風を避けることができそうです。
うん,ここは予定通り奈良田へ向かうことにしよう。
テントの撤収もひと仕事
次に最初の関門,テントの撤収があります。強風の中の撤収,まず頭の中でシミュレーションします。こんな手順↓
- まず全ての荷物をザックの上気室にパッキングする
- 続いてテントを出たら,素早く大きな石をテントに入れてテントが飛ばされるのを防ぐ
- フライシートを外して畳み,いったん石で押さえておく
- 素早くテント本体のポールを抜き,テントを畳む
- フライシートとテントを袋に入れて,ザックの下の気室につめる
テントについた雨の雫を拭き取る余裕はありませんが,この流れでいきます。
実際この手順をできるだけ素早く行ない,テントを飛ばされることなく撤収することができました。
第一関門通過です。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に,この爆風に耐え切ってくれたステラリッジに感謝です。
農鳥小屋のトイレはすごいぞ!
ヘッドランプをつけて農鳥岳へ向かう…その前に,トイレに行っておきましょう。
ただここ農鳥小屋のトイレは,ねえ (^ ^;)。
小さなトイレ棟が2つあるんですが,片方は完全にひっくり返ってしまっています。これは,元は女性用トイレだったようで…。
だから今は,残された一棟が男女兼用になっています。一応奥の方の個室に「女性用」と書かれてはいますが,何と個室にカギがないんですよね(細い紐を釘にかける程度のものはありますが,あれは鍵として機能するんだろうか…)。
個室に入ると,木の床に穴が空いているだけです。ここで投下されたウ○コは,そのまま南アルプスの高山植物の肥料となっていきます。
そしてこの床なあ。用を足している間に抜けてしまわないか心配でなりません。
いやそもそもトイレ棟そのものが,強風で(もう一棟のように)倒壊してしまわないか,気が気ではありません。
そして用を足し終わったそのあとがまた問題です。使った紙は持ち帰るのですが,紙をビニール袋に入れようとすると,床下から噴き上げてくる爆風で(だって,床下=外だもん),使用後の紙が上方にバタバタとはためき…。
恐怖の瞬間でしたよ(汗)。
でもこの肛もn…いや関門も何とか通過です。すでにすっごい疲れたような気がしますが(汗)。
西農鳥岳,農鳥岳を越えて
農鳥岳に登ります
それではようやく農鳥小屋を後にします。親父さんがいなくても,やっぱりここは魔境でした。
…いや,トイレのことはもう忘れて,集中して歩かないといけないですね。
強風吹き荒れる中を,西農鳥岳に向かって登っていきます。昨日確認した道とはいえ,ヘッドランプの下での行動なので,十分に気をつけます。
ライトで照らされる範囲はそう広いものではありません。でも農鳥親父によるペンキマークがひんぱんに現れるので,不安を感じることなく歩くことができました。
サンキュー農鳥親父。
4時30分に西農鳥岳。まだ暗いし,風雨も強いのでそのまま進みます。
西農鳥の先,農鳥岳へ向かう道は岩稜帯っぽくなりますが,ここも問題なし。ただ強風でザックカバーが時々はずれるので,その度にザックを下ろしてカバーを付け直しました。これがけっこう難儀だったかな。
だんだん明るくなってくる中を歩き,5時20分,日の出の時間前に農鳥岳(3026 m)に到着です!
写真には写らないけど,相変わらず強風が吹き荒れています。雨も大粒になってきて,顔に当たる雨粒が痛いくらいです。
昨日北岳山荘で確認した予報では,今日の午前中は「晴れ」だったのになあ…。
本当はここで,朝焼けに染まる白峰三山の眺めを堪能するつもりだったんですけどね。
暴風雨の山頂に長居は無用…と思いつつ,あとで記録を見ると頂上に10分くらいいたようです。一応,ご来光の時間に奇跡的に晴れるのを待ってたんですね。
まあ無理だよね。
大門沢下降点へ
というわけで農鳥岳を下って,大門沢下降点に向かいましょう。
道は農鳥稜線の北東側をトラバース気味に続いています。尾根の陰になるので,いっとき風が収まったように感じるのですが,道が稜線に出ると再び爆風に叩かれます。うーむ。
大荒れの天候の中,道は広河内岳,笹山に至る尾根へと続きます。吹きっさらしの尾根に黄色い鉄塔が立っているところが大門沢下降点。
ここから尾根を外れて,沢の源頭部へと下降していきます。
この場所は稜線が広いので,ガスが濃いと下降点がわかりづらいんですよね。実際に下降点がわからずに登山者がここで力尽きた事故があり,その遺族がこの黄色い鉄塔を建てたそうです。
おかげで僕も迷うことなく,大門沢の下りに入ることができました。
大門沢の急降下
さて,ここから長い長い下りの始まりです。
農鳥岳山頂から奈良田までの標高差は,何と2200 m!こんな標高差を一気に下ったことは,いまだかつてありません。
下りが辛かった山行はいくつかありますが,記憶に残っている越後三山中ノ岳から十字峡への下りが,標高差約1700 m。先日の穂高から上高地もそのくらいでしょうかね。それより500 mも余計に下らなければならないのか…。
うむ,心して行きましょう。
大門沢源頭部を下る
まず尾根から外れて,大門沢の源頭部へ下ってゆきます。周りは風雨にけぶる大門沢。
雨は降り続けていますが,高度を下げるほどに樹林帯に入ってきて,強風から逃れられるようになりました。これは安心材料です。
地図を見ると,大門沢の上部は等高線の間隔が狭いですね。急な下りを予想していましたが,はじめは大きく蛇行しながら下るので,それほどでもありません。
ただ,途中で巨岩が積み重なったゴーロ帯が30分ほど続きまして。
ゴーロ帯の下りは苦手かも。個人的には稜線の岩場よりもコワイ感じがするんですよね。この日は岩が雨に濡れて,滑るからなおさらです。
雨・ガスにけぶる大門沢の木々。色づいたブナが枝を伸ばして見事です。こんな深い森も,南アルプスの魅力ですね。
大門沢小屋へ到着
やがて水の流れるザーザーという音が間近に聞こえるようになりました。
登山道が沢すじに近づいたようです。ガスの中に浮かび上がる流れに,瑞々しさを感じます。
下山ルート最初のチェックポイントは,大門沢小屋です。ここが下山のほぼ中間点。
大門沢小屋の標高は,1700 m。農鳥岳から1300 m以上も下って,ようやく到着することになります。他の山域だったら,すでに下山していてもおかしくない標高差ですが。
下降点から,森の中をずんずん下ること約3時間。9時少し過ぎに大門沢小屋に到着しました。
ここで大休止,お昼ごはんを食べることにします。…小屋の写真を撮るのを忘れたなあ。
小屋の食堂でお昼を食べるのもいいですが,ザックの中のものを食べて少しでも荷物を軽くしたいかも…。
ということで,小屋の前のベンチに座って,ベースブレッドとチーズの昼食です。ここには稜線上の強風は吹き込んでこないので助かります。
食べ終わったら,水を少し補給して再び歩き始めます。
下山後半戦です
なおも続くワイルドな道
大門沢小屋を出発して下山後半戦に入ります。
地図を見ると,この下は等高線の間隔が広くなっています。少し歩きやすくなるのかな?と期待したんですが…。谷が深くなっていき,ワイルドさがかえって増したように感じます。
小屋を出ると,すぐに沢を渡る丸木橋。水量がけっこう多いので落ちたらえらいことになります。
ワイルドだろぉ?
この橋を渡って進むと,すぐにまた丸木橋。
今度は橋の左側のつかまれる位置に,ロープが一応あるんですが…これは手すりなのかな?
ロープにつかまってもクニャラクニャラして安定しないので,手すりには使わなかったけど。
大門沢の谷が深くなってきました。登山道は沢の右岸に続いています。左側は谷に向かって切れ落ちた斜面。
ワイルドな道が多いので,足元をよく見て歩いてたんですけどね。そしたら頭上にこんな倒木があって,おでこをゴン!
うーむ。思わぬところに危険は潜んでいるもんだなあ(白目)。
途中,踏み跡がいくつも入り乱れているところがあって,間違ったラインに入るハプニング。ピンクテープがなくなってきたので「ん?」と思い,GPSと地形図を見ながら正しいルートに復帰したけど,20分くらいロスしたかな。
その途中でこんなおっかないところもありました。
まだまだ集中が必要,気を引き締めて行きます。
シダと苔の世界
標高が下がってくると,あたりはシダと苔の世界になります。雨に濡れた緑が,薄暗い中に浮かび上がり,目に染みるようです。
木の根とその周りを覆った苔。この光景は,ここが南アルプスの一角であることを,あらためて認識させてくれます。
さらに下っても,深い緑は続きます。その中にまたまた現れました。丸木橋。GPSの示す標高はだいぶ下がってきましたが,まだまだワイルドですね。
標高1100 mまで下りてきました。ここでようやく人工物が登場。吊り橋です。
と思いきや,この吊り橋,明らかに傾いてるんだよね。めっちゃ揺れるし,すっごく怖かった!今回の山行で一番怖かったのはここかもしれない(笑)。
でもここを過ぎると「人里が近づいてきた」雰囲気が出てきます!
人里が近づいてきた
深かった森が唐突に途切れ,傾斜も緩んできました。広くなった河原の道を行くと,砂防ダムが現れます。久しぶりに感じる,文明の香り。
砂防ダムの近くには,工事関係者の方々が作ってくれたベンチがあります。要注意箇所はここで終わりです。最後の休憩としますか。
ここで食べたチョコレートが妙に美味しかったな。
砂防ダムから下にはまた吊り橋があり(これは傾いてませんでした),それを渡るとあとは舗装道路に出ます。まだ奈良田まで1時間歩かないとならないけどね(汗)。
それでも広くなった舗装路。ホッとした気持ちで歩いてゆきます。砂防ダムから30分。こんな堰堤を過ぎて,
やっと県道37号,南アルプス公園線に出ました。ここに聳えるのが奈良田第一発電所。早川の流れを利用した水力発電所です。
発電所からさらに30分歩きます。そして長い長い道のりの末に,奈良田に到着しました!
2200 mの下り。かなり身構えたけど,覚悟を決めて下りたためか,想像よりはげっそりせずに下山できたかな。ひと月前の,重太郎新道の下りの方が体にダメージがきましたかね。
まだ余力はあります。今回の山行は,全体を通して調子が良かったな。
やっと奈良田に到着
ここ奈良田(ならだ)は,天平時代に孝謙天皇が湯治を行ったと伝えられているところ。孝謙帝はこの地に着いて,「ここも奈良だ!」と言ったとか言わなかったとか(おおむね本当です)。
奈良田集落を貫く県道南アルプス公園線は,北は広河原へと通じており,バスに乗れば登山を開始した場所まで戻ることができます。一方自然保護のため,一般車は奈良田〜広河原間を通ることができません。
このため,奈良田の住民は南側の身延方面へ出ることしかできません。ここは南アルプス山麓の,事実上の「どん詰まり」みたいな位置にあるってことですね。
そんな奈良田に湧く温泉は,愛湯家の間では「秘湯」とされているようです。
それでは孝謙天皇よろしく(不敬だな!),その秘湯に入って行きましょうかね。
お邪魔したのは「奈良田温泉白根館・七不思議の湯」。源泉掛け流し,時間帯によってお湯の色が七色に変化するんだとか。
お風呂は内湯と露天風呂。硫黄分を含むトロリとした感触の,とてもいいお湯でした。
風に叩かれて冷えた上に,汗だか雨だかで汚れていた体もさっぱり。とてもリフレッシュできました。幸せ気分です。
白根館の玄関先にはこんなオブジェ。これはこの地方に伝わる伝統的なものなのかな?南アルプスの「どん詰まり」のこの場所では,独自の文化が残っていそうですね。
白根館を出ると,奈良田のバス停は目と鼻の先。ここから身延町へ出るバスに乗ります。広河原行きもあるんですが,あっちのバスはいつも混雑がひどいのでね。
身延から鈍行列車で甲府に出て,そのあと特急あずさでおうちに帰りました。
今回の装備のMVP
今回の山行では,ステラリッジドーム(テント)がMVPでしたかね。あの風に耐えてくれたのは本当に素晴らしい。もしテントが潰れていたら,かなり悲惨なことになっていたでしょう。
登山装備の軽量化で,もっと軽いテントやシェルターに目移りすることもありましたが,今後もこれで行きます。耐風性に不安があるテントだと,アルプスの稜線では安心して過ごせませんからね。,
それから準MVPは,ゴアテックスのレインウェア。3日目に風雨の中を丸一日歩いても,ドライな状況を保ってくれました。防風性も大したものです。
おかげで大荒れの天候でも,危険を感じることなく歩き続けることができました。
僕が下山した1週間後,那須連峰で強風による遭難事故がありました。そんなこともあって,なおさらテントとレインウェアには GJ!です。
おわりに
こんな感じで,白峰三山縦走は幕を閉じました。北岳〜間ノ岳の稜線がガスっていたこと,最終日に荒天に見舞われたことなどもありましたが,それでもこの山域の素晴らしさを随所に感じてワクワクしました。
白峰三山,必ずまた来たいと思います。南アルプスはでっかいぞ!
おまけ––農鳥小屋はどうなるのか
来年以降,農鳥小屋はどうなるんでしょう?
今年は農鳥親父が不在ということで,ご高齢のためについに引退か!?と思ったんですが,聞くところによると腰痛がひどくてお休みされていたようです。
来年は主が復活するのでしょうか?それは楽しみなような,ちょっと怖いような…。
環境への負荷を考えると,あのトイレもいつまでもあのままというわけにはいかないでしょうしねえ。
農鳥小屋は白峰三山縦走の絶好の位置にあるので,「なくなる」という事態だけは避けて欲しいですね(今はなき奥多摩小屋のことを思い出しています)。
ホント,ロケーションは素晴らしいんですよ,農鳥小屋(動画は2日目に撮影)。
3日目記録
2023年10月1日
農鳥小屋テント場出発 (3:30) – 西農鳥岳 (4:30) – 農鳥岳 (5:20–5:30) – 大門沢下降点 (6:10) – 大門沢小屋 (9:05–9:30) – 砂防ダム (12:25–12:45) – 奈良田 (13:55)
休憩を除いた総行動時間 9時間30分
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