昨年末,郡山市の私立美術館で「酒と醸す美術––美酒と美器への憧れ」と題した展覧会が開催されました。
洋の東西に渡る,酒にまつわる歴史的な出土品の展覧会。
これはいろんな意味で興味津々です(笑)。
ワクワクしながら行ってきましたよー。
この記事では,展覧会で見てきた酒器に加えて,関連するアルコール発酵や焼き物の化学についても取り上げます。
- お酒の歴史を辿る展覧会
- 郡山市立美術館へ
- それでは展示室へ
- 縄文時代・弥生時代の酒器
- お酒は糖分をアルコール醗酵させて作ります
- 中世の酒器
- 「やきもの」と酒器
- 酒をたたえる器の世界
- 趣味人の心を満たす酒器たち
- 酒器と福島
- おわりに
お酒の歴史を辿る展覧会
お酒は人間の歴史に深く関わってきた飲み物です。それは単なる嗜好品の域を超えて,信仰や文化を形作るものであり続けてきました。
古来より,酒は人の営みの中で重要な役割を担ってきました。祭祀において神に捧げるものとして,あるいは非日常的な世界に入り込み,神と交信する手立てとして,人とともに長い歴史を歩んでいます。現代の私たちにとっても,儀式など神聖な場において,あるいは,人と人とを繋ぐ媒介として酒は欠くことのできないものです。
(「酒と醸す美術展」図録から)
うんうん,これは毎晩神と交信している僕としては,行かないわけにはいかないね!(笑)。
郡山市立美術館へ
でっかい酒桶がお出迎え
というわけで,市立美術館へ向かいます。郡山駅からバスで10分。
入り口には日本酒を仕込む桶が置かれています。でっかいなあ!
この桶は,郡山市の仁井田酒造のものだそうです。↓このお酒です。美味しいですヨ。ラベルの下の方にカエルがいるのもカワイイ (^◡^)。
学芸員さんによる講演を聴きました
美術館に入ると,ちょうど学芸員さんによる講演が始まるところ。これ幸いと聴いてきました。
展示品の解説もあったんですが,最後に「からくり酒器」の紹介&実演があって面白かった!
- うぐいすとっくり…お酒を注ぐと「ピヨピヨピヨ♪」とうぐいすが囀るような音が鳴るとっくり
- サイホンおちょこ…お酒を途中までは注ぐことができるけど,いっぱい入れると全部流れ出てしまうおちょこ
サイホンおちょこは「ソックスレー抽出器」と同じ仕組みだねえ。飲み過ぎを戒める酒器なんだとか。ちょっと欲しい…というか,僕には必要かも (^◡^)。
それでは展示室へ
それでは展示室へ。入り口近くには,少し前の時代の木製酒器と杉玉が飾られています。雰囲気ありますね。
写真撮影がOKなのはここまでなので,カメラをしまって展示室に入ります。
写真はないので,購入した図録からその一部を紹介します。
縄文時代・弥生時代の酒器
最初のコーナーは,古代の酒器。縄文時代,弥生時代の酒器が展示されています。
これはつまり,縄文の時代から酒が醸され,その文化が花開きつつあったということですね。
縄文式土器に特有の紋様が付けられた「とっくり」。味わい深い形と質感です。これで一杯やってみたい。
少し時代が下って,こちら↓弥生時代の壺型土器。弥生の時代になって,酒器もスマートになりました。この土器は郡山の安積黎明高校に保存されているものなんだそうです。へえ!
さらに時代が下って,5世紀(まだ弥生時代ですかね)の酒器(須恵器)↓。郡山市・田村町で出土したものです。
これは祭祀のための遺跡(南山田遺跡)から出土しており,これらの酒器が神に酒を捧げるためのものとして作られたことが示唆されているようです。
これ,オシャレな意匠ですねえ。ローマから出土したものと言われても信じてしまいそう。
お酒は糖分をアルコール醗酵させて作ります
アルコール発酵
このように,古い時代からお酒が愛されてきたことを見てきました。これは日本だけではありません。世界中で,様々なお酒が古くから作られてきています。
それでは,お酒=アルコールはどのように作られるのでしょう?
お酒は例外なく,「アルコール醗酵」という化学反応によって作られます。これは糖分を原料にしてアルコールを作り出す反応です。
米,麦などの穀類に含まれるでんぷんは*1,加水分解するとブドウ糖(グルコース)に変化します(この反応は体内で酵素 (アミラーゼ) によって促進されます。古い時代に「口噛み酒」が作られていたのは,唾液に含まれるアミラーゼが,でんぷんの加水分解を促進するためです)。
また果実には,ブドウ糖,果糖(フルクトース)などの糖類が含まれています。
これらの糖に酵母を加えると,アルコール醗酵が進行し,アルコール(エタノール)と二酸化炭素が生成するのです。
ブドウ糖の組成式は C6H12O6 。これがアルコール醗酵によってエタノール(C2H5OH)2分子と二酸化炭素(CO2)2分子に変化します。反応の前後で炭素,水素,酸素の原子数は変わっていないでしょ?
実はアルコール醗酵は,割と簡単に実験することができます。
ブドウ糖を水に溶かしてドライイーストを加え,40℃くらいに温めれば,ほらこの通り。
二酸化炭素がブクブクと発生し,容器にはアルコールができてきます。
*1 でんぷんはブドウ糖が数珠つなぎになったものが,さらに螺旋状になった構造をしていますが,ここではその立体構造は示していません。ちなみにブドウ糖が数珠つなぎになって,それがまっすぐに伸びているものはセルロース(紙)です。
穀類や果実からお酒を作ってきた人類
洋の東西を問わず様々なところで,人類は糖類を見つければ,それをお酒に変えてきました。
ブドウからワイン,米から日本酒,さつまいもからいも焼酎,麦からビール,サトウキビの搾り汁(糖蜜)からラム,トウモロコシからバーボン,じゃがいもからウォッカ…。みんなお酒が好きですねえ (^◡^)。
またこうして作られるお酒は,「民族の魂」ともいうべきものとして,食文化の中核にもなっていますね。
例外はイスラム世界かな?戒律で飲酒が禁じられていますから。
ということで,縄文の人たちもお酒を作り出しては,神と交信していたんですね。
こうした酒造りの歴史と共に,様々な酒器が作られてきたと思うと,興味深いです。
中世の酒器
展示会では,中世の酒器も展示されています。
これは室町時代の酒器。朱漆塗りのようですが,材質はなんだろう?漆塗りということは木製?でもこの時代にウッドターニング(木工ろくろ)みたいなものはあったのかなあ。
一方,焼きものの器も,縄文・弥生時代の素焼きの土器から,釉薬を用いた陶器に変わります。
この時代の「とっくり」は口の部分がくびれているものの,現在の手のひらサイズのものではなく,甕のような大きなものだったそうです。
例えばこの室町時代の徳利↑。これを床に置いて,お酒の「貯蔵用」に使っていたようです。
このような大きな容器からお酒を移す際には,このような「じょうご」が必要でした。
現在もお酒が飲める人のことを「上戸(じょうご)」と呼ぶのは,ここからきているとのことです。
「やきもの」と酒器
土器
粘土を水でこねて火で焼くと,硬い容器を作ることができる。このことは世界中で,古くから見つかっていたと思われます。
こうして素焼きの土器ができたことは,狩猟生活から定住生活への変化を促進したことでしょう。
粘土を焼くとなぜ硬い「焼きもの」ができるのか。それは粘土に含まれる鉱物の一粒ひと粒––その主成分はケイ素およびアルミニウムの酸化物です––が,加熱によって化学結合でつながり,強固なネットワークを作るからです。
また一部は熱によって融解し,「溶接」されて物理的なつながりができるとも言われています。
陶器
縄文時代・弥生時代の「土器」は比較的低い焼成温度(1000°C以下)で作られていました。中世になると焼成のための「窯」が工夫されるようになり,1200°C 以上で焼かれる「陶器」は,より硬く丈夫なものになりました。
この頃になると,釉薬をかけた陶器が現れます。この技術は,もしかしたら偶然見つかったのかもしれません。素焼きした陶器に灰をまぶして焼くと,灰に含まれるカリウムなどの金属が素焼きの表面の酸素原子と結合し,ガラス質になるのです。
こうして生成した ”ガラス” が焼き物の表面をコーティングして,より丈夫な陶器が得られます。また灰に含まれるさまざまな金属成分が発色して,陶器に独特な風合いを与えることになります。
上で紹介した「灰釉漏斗」も灰を用いた技法で作られたものですね。
その後釉薬にはさまざまな素材が使われるようになり,焼成後の発色も研究されていきました(NHKの朝ドラ「スカーレット」を思い出します)。
磁器の登場
一方,中国では磁器作りが発展します。
磁器は陶器よりもさらに高温(1300°C以上)で焼き上げるために,化学結合のネットワークが高度に発達しています。また釉薬が溶けて浸透するために材料のガラス化が進みます。このために陶器よりもさらに硬く,透明感のある滑らかな肌理が得られます。叩くと金属的な音がするのも特徴ですね。
磁器が作られた当初(後漢の時代といわれています)には鉄分を含んだ「青磁」が作られていました。その後鉄分をほとんど含まないカオリナイトなどの鉱物が見出され,随の時代には真っ白い白磁が作られるようになりました。
純白の磁器は人々を魅了し,西洋にも伝わっていきます。ヨーロッパでは磁器作りの研究に莫大な予算が注ぎ込まれ,マイセンなどの有名な食器生産地が生まれました。
日本に磁器が伝わったのは17世紀頃とされています。磁器作りに適した土がいくつかの場所に見つかり,有田焼や九谷焼などの銘窯が生まれました。
しかし現在では,そんな磁気のお皿などが百均で売られていますね。その盛衰ぶりには,絹の歴史に重なるものを感じます。
現在私たちが使っている食器は,こうして縄文の時代から使われてきた焼きもの(陶器,磁器を含む)と何ら変わらない…考えてみれば,これは驚くべきことかと思います。
酒をたたえる器の世界
磁器の徳利,鉄の徳利
さらに時代が下ると,さまざまな素材で酒器が作られるようになります。
これは天然の酒器として用いられてきた瓢箪を模して,磁器で作られた酒注。
純白の磁器に,コバルト顔料の青,有田焼きに特徴的な赤で描かれた絵付けが美しい!
中に酒を入れるための穴には,葡萄の葉を象った栓がついています。中に入れていたのはワインではなく日本酒だと思いますが,この意匠には西洋の影響が見られますね。
また江戸時代には,このような金属製の酒器も用いられていたようです。
今では「お銚子」というと杯のことを指すけど,昔はその意味に揺らぎがあったとか。
この鉄製の「銚子」は,そのままお燗ができる「燗鍋」でもあったみたい。ぱっと見ではわかりにくいのですが,桜の紋様が付けられていて,いい感じです。
ガラス器の登場とその舶来
この頃,西洋ではガラスの器が登場します。
この「葡萄鳥文栓付瓶」は,深いコバルトブルーのガラスに葡萄の紋様がダイアモンドを用いて刻まれています。美しいですねえ!
ガラスの酒器は,やがて日本にも取り入れられました。これは江戸時代の脚付ガラス杯。その形は明らかに欧州のワイングラスの影響を受けていますが,ガラスをねじって作られた脚は,しめ縄を連想させるようでもあります。
これらのグラスの脚がグリーンに色付いているのは,そのように着色しているのではなく,当時のガラスに不純物として含まれていた鉄分による発色のようです。
趣味人の心を満たす酒器たち
さまざまな材質,造形の酒器が作られていくと,それらは趣味人の心を刺激し,多くのコレクターが生まれていきます。
そのコレクションには眺めているだけでうっとりと酔ってしまうような美しいもの,面白いものがあって,見ていて飽きることがありません。
洗練されていくガラス酒器
葡萄の房,蔓,葉があしらわれたガラスの器。いいですねえ。風呂上がりにバスローブを羽織って,窓から夜景を見ながら一杯…なーんてね。
さらに日本のガラス酒器は,ヨーロッパのカットグラスの影響を受けて,切子ガラスへと進化します。
薩摩切子や江戸切子は味わい深いですよね。この「紫色かぶせちろり」も可愛らしいし,とてもいいです。
美器への憧れが形になった酒器たち
唐津焼は桃山時代前期に開窯されたとされているようです。同じ佐賀県の有田焼,伊万里焼は磁器が中心なのに対し,こちらは陶器が中心なのは興味深いです。
「皮鯨」はここで生み出された手法で,鉄を含む釉薬をかけて焼くことで茶褐色に焼き上がります。その風合いが鯨の皮に似ていることから名付けられたとか。
渋い風合いですね。すごく好きかも。
こちら朝顔の花を模した平戸焼の盃。純白の磁器にコバルトブルーの絵付けが施されており,朝顔のツルまで再現された繊細な造形です。
これは注がれたお酒を飲み干すまで置くことができない「可盃」と呼ばれるものです。遊び心がありますね…今だとアルハラになってしまうかもしれませんが。
純白の肌理を持つ白磁に繊細な模様が施された徳利。薩摩焼の「白物」です。
これは素敵ですねえ!こんな酒器を眺めながら飲んだら,肴なんかいらないかも…いややっぱり欲しい(笑)。特にホヤが
酒器と福島
展示会では,福島とゆかりの酒器も展示されていました。
これは「お花見セット」ですね (^ ^)。福島は桜のきれいなところです。これにいろんな料理を詰めて,三春に行ってお花見をしたい。
そして今回,特に興味を惹かれた器の一つがこれ。「長柄銚子・提子」。
古くは,酒注に長柄がついたものが銚子,手で下げるための弦がついたものが提子と呼ばれていたようですが,これが徐々に混同されていったとのことです。
そしてこの一対のように,長柄銚子と提子はセットで扱われることが多かったようですね。
こんな器から,杯にトクトクトクと注いで飲んでみたいですねえ (^◡^)。
おわりに
器作りの歴史から古今東西の美しい酒器まで,とても興味深い展示会でした。
ここでは紹介しきれないくらいたくさんの,そしてさまざまな酒器が展示・解説されていました。今も図録を飽かず眺めています。
食文化と食器・酒器の文化とが,互いに相互作用しながら発展してきたことを見ることができたのも面白かったです。
そして…やっぱり飲みたくなっちゃいました(笑)。
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